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明日香 橿原 観光ガイド

橿原神宮が鎮座する橿原、わが国最大級の方墳・石舞台古墳で有名な明日香村、南に下れば金峯山寺と春の桜が美しい吉野山があり歴史と自然を楽しめる観光エリアです。

明日香・橿原には、飛鳥寺、奈良県立万葉文化館、キトラ古墳、安倍文殊院、今西家などの観光スポットがあります。

明日香 橿原のおすすめスポット

観光地や名物をピックアップ!

大神神社

古事記や日本書紀に記される日本最古の神社

日本最古の信仰を今に伝える聖地 大神神社は、奈良県桜井市三輪に鎮座する、日本最古の神社の一つとして知られる古社です。『古事記』や『日本書紀』にもその名が記され、大和国一宮として古代から篤い崇敬を集めてきました。一般的な神社とは異なり、本殿を持たず、背後にそびえる三輪山そのものを御神体として拝むという、きわめて原始的な信仰形態を現在まで守り続けている点が最大の特徴です。 この姿は、社殿成立以前の日本古来の自然崇拝・山岳信仰を今に伝える、極めて貴重な存在といえます。 三輪山を直接拝む――本殿を持たない神社のかたち 大神神社には、本殿が存在しません。これは、三輪山が神の鎮まる「神体山(しんたい...»

談山神社

大化改新ゆかりの聖地

談山神社は、奈良県桜井市多武峰(とうのみね)の山中に鎮座する、歴史と自然が深く調和した神社です。旧社格は別格官幣社、現在は神社本庁の別表神社に列せられており、日本史上きわめて重要な転換点である大化の改新と深く結びついた場所として知られています。 この地は、藤原鎌足と中大兄皇子(のちの天智天皇)が、蘇我氏打倒と国家改革について密談を交わした「談(かたら)いの山」と伝えられ、そこから「談山(たんざん)」の名が生まれました。談山神社は、まさに日本国家形成の原点ともいえる歴史的舞台です。紅葉の名所としても全国的に名高く、四季折々の自然とともに、歴史・信仰・建築美を体感できる観光地です。 神仏習合の...»

総本山 長谷寺

大和国を代表する観音霊場

長谷寺は、奈良県桜井市初瀬に位置する、真言宗豊山派の総本山として知られる由緒正しい仏教寺院です。山号を豊山(ぶさん)、院号を神楽院(かぐらいん)と称し、西国三十三所観音霊場の第八番札所として、千三百年以上にわたり多くの人々の信仰を集めてきました。 初瀬山の中腹に壮大な伽藍を構える長谷寺は、四季折々の花々に彩られることから、古くより「花の御寺(みてら)」と呼ばれています。特に春の牡丹は有名で、4月下旬から5月上旬にかけては約150種類・7,000株もの牡丹が咲き誇り、境内一帯を華やかに彩ります。 文学と信仰に彩られた「花の御寺」 平安時代に入ると、貴族から庶民に至るまで「初瀬詣」と呼ばれる...»

安倍文殊院

大和に息づく「智恵の仏」の第一霊場

安倍文殊院は、奈良県桜井市阿部に位置する華厳宗の名刹で、山号を安倍山と称します。本尊は文殊菩薩で、「三人寄れば文殊の智恵」ということわざでも知られる、日本を代表する智恵の仏さまです。創建は大化元年(645年)と伝えられ、日本の仏教史の中でも極めて古い歴史を誇ります。 当院は、京都・天橋立の切戸文殊、山形・亀岡文殊と並び、日本三文殊の一つに数えられ、「大和安倍の文殊さん」として古くから親しまれてきました。学業成就、合格祈願、厄除け、魔除けといったご利益を求め、子どもから大人まで幅広い年代の参拝者が全国各地から訪れています。 創建の由来と安倍一族の歴史 安倍文殊院の起源は、大化の改新を推進し...»

国営 飛鳥歴史公園

日本のはじまりを今に伝える聖地

7世紀に宮都が置かれた地 国営飛鳥歴史公園は、奈良県高市郡明日香村に広がる、日本の古代史を代表する国営公園です。7世紀に日本の宮都が置かれた「飛鳥」の地に整備されたこの公園は、中央集権律令国家が誕生した時代の歴史的舞台を、自然とともに体感できる貴重な空間となっています。 飛鳥時代(592年~710年)は、日本が国家としての形を整え始めた重要な時期であり、仏教の本格的な受容、律令制度の基礎確立、外交や文化の発展など、日本史における大きな転換点が集中しています。国営飛鳥歴史公園は、こうした日本の原点ともいえる歴史と、明日香の美しい自然景観を守り、次世代へ伝えることを目的として整備されました。 ...»

飛鳥寺

本格的な伽藍を備えた日本最初の仏教寺院

日本仏教の原点を今に伝える古刹 飛鳥寺は、奈良県高市郡明日香村飛鳥に位置する、日本仏教史の出発点ともいえる極めて重要な寺院です。山号は鳥形山(とりがたやま)、現在は真言宗豊山派に属し、正式には安居院(あんごいん)と称されます。本尊は、日本最古の仏像として知られる銅造釈迦如来坐像(飛鳥大仏)です。 飛鳥寺は、推古天皇の時代、仏教を国家的に受容しようとする政治的・宗教的背景のもと、蘇我氏の主導によって建立されました。単なる一寺院にとどまらず、日本における仏教受容、国家形成、国際交流、技術革新のすべてを象徴する存在であり、飛鳥文化の中核をなした場所です。 飛鳥寺創建の歴史的背景 仏教公伝と蘇...»

石舞台古墳

飛鳥を代表する巨大石室古墳

石室に入れる日本最大の方墳 石舞台古墳は、奈良県高市郡明日香村に位置する、古墳時代後期(7世紀初頭)に築造されたと考えられている古墳です。国営飛鳥歴史公園内「石舞台地区」の中心にあり、国の特別史跡に指定されています。日本最大級の方墳であり、何よりも巨大な花崗岩を組み上げた石室が地上に露出しているという、他に類を見ない独特の姿で知られています。 現在では、教科書や観光パンフレットにも必ず登場するほど有名な史跡であり、飛鳥時代の政治・文化・土木技術を体感できる貴重な遺構として、国内外から多くの人々が訪れています。 名称の由来と伝説 ― なぜ「石舞台」と呼ばれるのか 石舞台古墳という名称は、...»

壷阪寺(南法華寺)

眼病封じと国際交流が息づく観音霊場

日本屈指の古刹でインド由縁の彫刻も圧巻 南法華寺は、奈良県高市郡高取町壺阪に位置する真言宗系単立の古刹で、一般には壺阪寺(の名で広く知られています。山号は壺阪山、本尊は十一面千手観世音菩薩で、西国三十三所観音霊場の第六番札所として、全国から多くの参拝者を集めています。 奈良盆地を一望できる高取山の中腹に伽藍を構え、古代から現代に至るまで、信仰・文化・芸能・国際交流の舞台として独自の歴史を刻んできました。特に「眼病封じの観音さま」として篤い信仰を集め、現在も多くの人々が祈りを捧げています。 壺阪寺の創建と由来 壺阪寺の草創は大宝3年(703)と伝えられています。寺伝『南法華寺古老伝』によ...»

飛鳥鍋

牛乳たっぷり、野菜たっぷりの栄養満点の鍋。まろやかでコクがある

牛乳ベースの汁で味わう鍋料理。飛鳥時代に唐から来た渡来人の僧侶が、寒さをしのぐためにヤギの乳で作った鍋料理が最初といわれている。鶏がらのダシ汁に白味噌と牛乳をたっぷり加え、鶏もも肉、にんじん、ささがきごぼう、白ねぎ、大根、もやし、しいたけ、白菜、水菜、豆腐、糸こんにゃくなどを煮こむ。食べる際は、しょうがや一味唐辛子などを加え、溶き卵につけるのが一般的だ。牛乳のにおいも強くなく、味はまろやか。あっさりしているのにコクもあり、栄養も満点だ。 「飛鳥鍋」は、奈良県の伝統料理で、鶏肉と野菜を牛乳とだし汁で煮込んだものです。 飛鳥時代に唐からの使者が伝えた乳製品が、孝徳天皇に献上され、喜ばれたことが...»

にゅうめん

奈良県三輪山麓が発祥の郷土料理

にゅうめんとは、素麺を温かいダシで食べる料理で、全国的に知られてはいるが奈良県が発祥の郷土料理。そうめんは奈良時代に唐(中国)の国から伝来した手法で、神話の三輪伝説から大和の中央にある三輪山麓が発生の地といわれ、現在も三輪そうめんとして有名。にゅうめんは、漢字で書くと「煮麺」となるが、その字の通りそうめんを煮たもので、冬は温かく、夏は冷やして季節の具を上に飾る。にゅうめんには、県産三輪素麺の中でも製造から1年以上経過したコシのある涸物(ひねもの)が適している。 奈良県桜井市三輪は、素麺の発祥地として知られ、ここで作られる素麺は「三輪素麺」と呼ばれています。1200年以上前、日本最古の神社であ...»

明日香手作りこんにゃく かめこん

生芋100%の手作りこんにゃく。濃厚な風味と歯ごたえが魅力

ユーモラスな亀の形をした、奥明日香産生芋100%の手作りこんにゃく。大正7年創業の老舗「徳星醤油」の木樽でじっくり熟成させた濃口醤油や、明日香村産鷹の爪などを加えて、ピリ辛風味に仕上げました。有機農法で育てた生芋をすりつぶして、低い温度からじっくり加熱。一晩熟成させるから、さっくりと心地よく、しこしことした弾力のある食感に。こんにゃく本来の濃厚なうまみや香り、歯ごたえを存分にお楽しみください。奈良県立万葉文化館のすぐ隣にあるお土産&軽食処「飛鳥の郷 万葉人」にて販売。...»

大和鍋

「奈良のうまいもの」の1つとして考案された大和芋を使った鍋

「大和鍋」とは、奈良県が平城遷都1300年に向け「奈良のうまいもの」として創作した料理の1つ。鶏と豆乳仕立てのスープに、揚げた大和イモが入るのが特徴。他に素麺・白菜・ニンジンなどが入っている。すりおろしてから揚げた大和イモから、旨味と香りが出て食べやすくなっている。大和イモは、キメが細かく大変粘りが強いのが特徴で、奈良に多いことから大和イモと呼ばれている。御所市では江戸時代から大和芋の栽培が行われてきた歴史があり、古くから産地として知られて、「御所芋(ごせいも)」としてブランド化をしている。...»

三輪そうめん

伊勢参りの人々によって広まった大和のご馳走

三輪地方は素麺発祥の地とも言われ、三輪素麺は三輪地方で生産されている素麺で、特産品となっている。冬は温かいにゅうめんで、夏は季節の具をのせて冷やし素麺で、大和では一年中食されている。特徴である細くこしの強い食感は、良質な小麦と水、熟練の製麺技術によって可能となる。今から1200年以上前に大和の中央にある三輪地域にて、素麺の原型である麦縄(むぎなわ)が作り始められたのが起源と伝わる。奈良時代の遣唐使により、小麦栽培・製粉技術が伝えられたとされている。江戸時代に「大和三輪素麺、名物なり、細きこと糸のごとく、白きこと雪のごとし」と伊勢参りにきた人々の間で評判となり、全国的に有名になった。奈良県の特産...»

奈良県産 赤米

素朴な味がおいしい古代より伝わる健康米

古代米の代表種としても有名な“赤米”。赤飯のルーツといわれている。収穫量は少ないが、気候の変化や病気に強いという特徴があり、自然に自生している稲のほとんどは赤米だったという。古代から食料として重宝され、神仏へのお供えものなどにも使われていたが、1回の収穫量が多く、味の安定した白米の普及にともない、徐々に赤米は作られなくなっていったようだ。現代では、赤米の持つ栄養素が体に良いとされ、健康食としてたびたび注目を集めており、奈良県の名物のひとつとしても紹介されている。...»

奈良県産 ほうれんそう

鮮度を保ったまま出荷されるのが御杖村産のほうれんそう

夏の関西市場で高い評価を受けるほうれんそうを送り出しているのが奈良県の御杖村産。御杖村は標高が400~500メートルの中山間地域で、冷涼な気候と水が豊富にあり、消費地に近いことから30年程前からほうれんそう栽培がはじまったという。平成11年には予冷施設がオープン、自動包装が本格的に稼動し、収穫したほうれんそうはすぐに予冷して鮮度を保ち、鮮度保持フィルム包装で袋詰にし出荷される。ほうれんそうは、鉄分、ビタミンAを豊富に含む緑黄色野菜。100g食べれば、一日に必要なビタミンAを摂取することが出来る。 旬    1月 2月 3月 ...»

奈良県産 はるさめ

茹でると透き通って細い糸のようになる、正に春の雨

はるさめのルーツは中国にあると言われ、日本には禅宗の普茶料理と共に鎌倉時代に伝来したと云われている。 中国産は緑豆はるさめが主流だが、日本で作られるはるさめは、サツマイモやジャガイモのでんぷんが原料。でんぷんをお湯でこねた生地を小さい穴から熱湯へ流し込み、麺状になったものを凍らせた後、解凍し乾燥させて作る冷凍製法である。麺中心部に空洞が残るため、味がよく染みこむ。また、はるさめ料理は料理によってお湯に戻す時間に注意が必要だ。煮ると約3倍の大きさになり、油で揚げると約10倍もの大きさにまでなる。日本では奈良県が主産地で、桜井市と御所市で全国の生産の約6割を占めている。 ...»

飛鳥古代米

健康食材で野生味ある古代米

古代米は稲の原種である野生稲の特徴を引き継いでいるお米で、白米に比べて糖質量が低く、タンパク質や食物繊維、ビタミン、ミネラルが多く含まれており、栄養価が高く、しかもヘルシーな健康食材として注目されています。抗酸化作用の高いアントシアニンが含まれている、独特の香りがあり、ほくほくと甘い「黒米」、カルシウム、マグネシウム、カリウムが豊富な、プチプチと弾けるような食感が魅力の「赤米」、玄米の一種で緑黄色野菜に含まれているクロロフィルが入っている、もちもちとした食感&ふくよかな甘みの「緑米」と、それぞれ特徴がある古代米。澄んだ空気、美しい水、余りある自然、恵み溢れる明日香の地で育てられた古代米。...»

あすかルビー(いちご)

奈良の赤い宝石と言われるイチゴ

「あすかルビー」は、平成4年に県農業試験場が「アスカウエイブ」に「女峰」を交配して得られた中から、系統を選抜し、平成10年度より「あすかルビー」としてその名を披露した新品種のいちごである。果実が大きく、玉ぞろえがよいのが特徴。果汁が多く、ジューシーさが特徴。果皮はルビーの名前の由来のツヤのある鮮紅色で、果形は球円すい形、果肉色は橙赤で果心の色は淡赤色。果実の光沢はかなり良い。糖度が高く収量のよいことから高い評価を受けている。奈良県外には出回ることが少ないため、「幻の苺」とも呼ばれる。 旬 12月 1月 2月 3月...»

大和牛

さっぱりした味わいが特徴の黒毛和種

古都・奈良で育まれる高品質の黒毛和牛 大和牛とは、奈良県内で飼育された黒毛和種の中でも、特定の厳しい基準を満たしたものにのみ与えられる称号です。この大和牛は、奈良県の風土と伝統の中で丹精込めて育てられており、近年では奈良を代表するブランド牛肉として注目されています。 大和牛のふるさと「みつえ高原牧場」 育成の中心地・奈良県東部 大和牛は、奈良県東部に広がる宇陀山地や大和高原などの「東山中(ひがしやまなか)」と呼ばれる地域で主に育成されています。この地域は、標高が高く昼夜の寒暖差が大きいことから、肉牛の飼育に非常に適しているとされています。 大和牛流通推進協議会の取り組み 2003年...»

大和なでしこ卵

飼料に奈良県特産の大和茶や、DHA豊富な魚油を加えた健康卵

親鶏に奈良県の特産品である“大和茶”の粉末や、精製水産油脂(魚油)を配合した良質な飼料を与えた奈良県ブランド卵。魚油由来のDHAをはじめとした栄養分が豊富に含まれるほか、大和茶由来のカテキンにより卵特有の生臭さが軽減されている。できるだけ自然に近い形で飼育することで、卵黄、卵白ともに弾力があるのも特長だ。あつあつのご飯に生卵をのせたたまごかけご飯をはじめ、温泉卵や目玉焼き、卵焼きなどで、シンプルに卵の味を楽しみたい。...»

曽爾高原ビール

名水に選出された湧き水と本場ドイツ直伝の伝統技術で醸造したクラフトビール

大和の国奥深くに佇む曽爾村。日本一といわれるススキの高原が広がり、風に波立つ穂が夕日に照らされる秋の光景は圧巻だ。その黄金色に輝く高原を溶け込ませたかのように芳醇な味をもつと評判のビール。曽爾高原ファームガーデンの麦の館で作られている曽爾高原ビールは1999年に誕生し、奈良県内で現存するクラフトビール醸造所でも最古参となるクラフトビール。本場ドイツのブラウマイスター直伝の技術は、酵母が生きたまま喉に届く非加熱・無ろ過。材料は麦芽・ホップ・名水のみ。使用している高原の大自然の中で取れる「水」は、大蛇が現れるという伝説の湧き水で、超軟水の「奈良名水・曽爾高原湧水群」。環境省の「平成の名水百選」に認...»

きみごろも(銘菓)

ビックリするくらいフワっと軽い和スイーツ

卵の白身を丁寧に泡立てて作るふわふわのメレンゲを砂糖やハチミツを入れて寒天で固め、新鮮な黄身で優しく包んで焼きあげ、まるでスフレやマシュマロのような、優しい甘さと口当たりに仕上げた和菓子。その驚くほど軽いフワフワの食感は、まるであわ雪のように繊細で、口の中で溶けていく。創業当時から変わらない一子相伝の製法で、職人の手作りだからこそ成せる技ともいえるだろう。 江戸時代の町家が並び、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている宇陀松山にある、明治35年(1902年)に創業した老舗の和菓子屋「きみごろも本舗 松月堂」(しょうげつどう)で販売されている、先々代が創案したという秘伝を受け継いだ銘菓。...»

富本銭煎餅

日本最古の貨幣といわれる「富本銭」をかたどったユニーク煎餅

1998年に飛鳥池遺跡から未成品560点が出土、発見された「富本銭」は、683年頃に日本でつくられたと推定される銭貨(コイン)で、「日本最古の貨幣では?」と一躍有名になった。その日本最古の貨幣と云われる富本銭をかたどった煎餅。明日香村産ヒノヒカリの米粉やもち米粉、黒米粉を使用しているため、ざくっとした噛みごたえのある食感に、さとうやハチミツの甘さに、米がもつやわらかな甘みも加わり、かむごとにじわじわと甘みが広がる味に仕上がっています。米粉せんべいならではの重量感のある歯ざわりと、コクのある味わいで、どこか懐かしい煎餅。...»

名物みむろ(最中)

100年以上の伝統を持つ銘菓。小豆と香ばしい皮が香り高い

”名物みむろ”は、その製法を弘化年間(1844~48)より受け継いできた小豆の香り高い最中菓子。その名は、製造元である「白玉屋榮壽」(しらたまや えいじゅ)の守護神三輪明神大神神社の御神体山「三諸(みむろ)山」にちなんで名付けられたという。奈良県宇陀市周辺の特産品である”大和 大納言小豆”で作った餡(あん)のほのかな甘さと、香ばしい皮との組みあわせが格別な風味を醸し出す。餡は別々の釜で「こしあん」と「つぶあん」を炊き上げ後で混ぜあわせる「かのこあん」。風味を損なわずに日持ちをするため、大和上街道の宿場街の人々に銘菓として名を馳せてきた。大型、小型の2サイズあり、どちらも1個から購入できる。甘さ...»

飛鳥カレー(大和肉鶏と明日香野菜のカレー)

明日香村産の大和肉鶏&根菜、まろやか風味の本格カレー

地鶏ならではのぎゅっと締まった肉質と、コクのある肉汁が魅力の奈良県産の地鶏・大和肉鶏や、ニンジンや大根、ゴボウなど、香り豊かな季節の根菜がたっぷり!大和肉鶏と明日香村産の野菜など、飛鳥の恵みをふんだんに使った、まさに飛鳥のレトルトカレー。しっかりと煮込まれた、肉汁がじゅわっとあふれる大和鶏と、明日香村産の季節の野菜がゴロゴロっと入っていて、まろやかさの中にも、ぴりっと心地いいスパイスの刺激。食べるうちにじわじわとうまみが重なって、奥行きのある味わい。カレー通はもちろん、カレー特有の辛みが苦手な方にもおすすめ。...»

飛鳥の蘇

お菓子?チーズ?古代から伝わる日本の珍味

蘇(そ)は、古代の日本(飛鳥時代~平安時代)で作られていた、牛乳を使って作られる日本古来の「チーズ」のような乳製品の一種。6~10世紀頃に大陸から入ってきたといわれており、古くはお供えものとして使われていたという。文献で確認されているが、製法が失われた「幻の食品」となっている。具体的な製法は不明であるが、書物の記述から推測される製法に基づき、現代でも蘇が作られている。 根気よく練りながら牛乳を煮詰めたあと、冷し固めて作られる。出来たてはキャラメルのような食感で、香ばしい香りとほのかな甘さが楽しめる。お茶あてのお菓子として、ワインのお供のチーズの代わりにと、様々な食べ方で楽しめるが、牛乳と一緒...»

橿原市

日本のはじまりを体感できる歴史観光都市

橿原市は、奈良県中部に位置する人口約12万人の都市で、奈良市に次ぐ県内第2位の規模を誇ります。古代日本の政治・文化の中心地であり、神話と史実が重なり合う「日本のはじまりの地」として、全国的にも極めて重要な歴史的価値を有しています。市内には、神武天皇即位の伝承地である橿原宮跡、日本最初の本格的な都城・藤原京跡、そして万葉集に詠まれた大和三山など、日本文化の根幹を成す舞台が数多く残されています。 市名の由来と神武天皇即位の伝承 橿原という地名は、日本建国の祖とされる神武天皇に由来します。伝承によれば、神武天皇は九州・日向の地から東征し、大和の磐余(いわれ)の地において勢力を確立しました。そして...»

桜井市

古代日本の原風景が息づくまち

桜井市は、奈良県中部・中和地域に位置し、日本の古代史を語るうえで欠かすことのできない極めて重要な地域です。市内では、縄文時代や弥生時代の土器片が現在も畑や造成地から見つかることがあり、人々の営みが数千年にわたり連綿と続いてきたことを実感させてくれます。 特に弥生時代後期から古墳時代前期にかけては、ヤマト王権成立の中枢地と考えられ、「三輪王権」とも称される政治・祭祀の中心地であったと推測されています。その舞台となったのが、現在の三輪・纒向(まきむく)一帯であり、日本国家誕生の原点とも言える地域です。 地理と自然環境が育んだ歴史都市 奈良盆地と竜門山地に抱かれた地形 桜井市の西部から北部に...»

宇陀市

神話と歴史、自然と文化が織りなす奥大和の観光地

宇陀市は、奈良県北東部に位置する自然と歴史が豊かに息づく高原都市です。大和高原の南端に広がるこの地は、四方を山々に囲まれ、古代から現代に至るまで、日本の歴史や文化の重要な舞台として歩みを重ねてきました。万葉の歌に詠まれ、神話や伝承が今なお残る宇陀市は、静かな山里の風景とともに、訪れる人々に深い感動と安らぎを与えてくれます。 宇陀市の地理と自然環境 宇陀市は、奈良県の北東部、大和高原の南端に位置し、市域の大半が森林に覆われた自然豊かな地域です。市内には近鉄大阪線が東西に走り、国道165号・166号・369号・370号といった主要道路が交差することで、古くから交通の要衝として発展してきました。...»

大和三山

奈良の歴史と自然を象徴する三つの山

大和三山は、奈良県の飛鳥周辺(橿原市)にそびえる3つの象徴的な山々を指します。「耳成山(みみなしやま)」「畝傍山(うねびやま)」「天香久山(あまのかぐやま)」の総称です。これらの山々は、奈良盆地南部の美しい自然環境と古代からの歴史を語る重要な場所として知られ、古代の文化や信仰が色濃く残る地域です。 大和三山は1967年(昭和42年)12月15日に歴史的風土保存区域に指定され、それぞれの山も歴史的風土特別保存地区に含まれています。さらに、2005年(平成17年)7月14日には国の名勝に指定され、2007年(平成19年)1月には世界遺産の暫定リスト「飛鳥・藤原の宮都とその関連資産群」の一部として...»

橿原神宮

日本のはじまりを今に伝える聖地

橿原神宮は、奈良県橿原市久米町に鎮座する、日本の歴史と精神文化の原点を象徴する神社です。旧社格は官幣大社、また勅祭社として位置づけられ、現在は神社本庁の別表神社となっています。大和三山のひとつである畝傍山(うねびやま)の東南麓に広がる広大な神域は、約53万平方メートルにも及び、甲子園球場およそ13個分という圧倒的な規模を誇ります。 この地は『日本書紀』に記される、神武天皇が橿原宮を築き、初代天皇として即位した場所と伝えられており、「日本のはじまりの地」として古来より特別な意味を持ってきました。現在の橿原神宮は、その伝承に基づき、明治23年(1890)に創建された比較的新しい神社でありながら、...»

畝尾都多本神社

畝尾都多本神社は、奈良県橿原市にある歴史ある神社で、天香久山の北西麓に鎮座しています。この神社は、式内社である畝尾坐健土安神社と隣接しており、「啼澤神社」「哭沢神社」「泣沢神社」とも呼ばれ、地元では「なきさわのもり」として親しまれています。神社の境内は古くから神聖な場所とされ、豊かな自然に囲まれた静寂な環境が広がっています。 祭神 畝尾都多本神社の祭神は泣沢女神(なきさわめのかみ)です。この神は、水に関連する女神であり、境内には「泣沢」と呼ばれる井戸が御神体として祀られています。この井戸は古くから霊力を持つ場所とされ、地域の信仰の中心として大切に守られてきました。 歴史と由来 古代から...»

天太玉命神社

天太玉命神社は、奈良県橿原市忌部町に位置する古社で、式内社(名神大社)に列する由緒ある神社です。その旧社格は村社であり、古代氏族である忌部氏(斎部氏)の氏神として崇敬されています。現在も地元の人々から大切に守られ、地域の歴史や文化を伝える存在として親しまれています。 歴史と背景 創建と由緒 天太玉命神社の創建時期は不詳とされていますが、その鎮座地である忌部町は古代に忌部氏が本拠地としていたと考えられています。忌部氏は、古事記や日本書紀に登場する天太玉命(フトダマ)を祖とする一族で、宮中祭祀において重要な役割を担った氏族です。 天太玉命は、天照大神の岩戸隠れの際に、天児屋命(中臣氏祖神)...»

宗我坐宗我都比古神社

宗我坐宗我都比古神社は、奈良県橿原市曽我町に位置する歴史ある神社です。古くから蘇我氏に縁のある神社として知られ、その古代の姿を今に伝えています。式内社(大社)に列する由緒正しい神社であり、旧社格は村社です。地元では「入鹿宮(いるかのみや)」の通称でも親しまれています。 祭神 古代豪族・蘇我氏ゆかりの神々 祭神は以下の2柱が祀られています。 宗我都比古神(そがつひこのかみ、宗我都比古神) 宗我都比売神(そがつひめのかみ、宗我都比売神) 延長5年(927年)成立の『延喜式』神名帳では「宗我坐宗我都比古神社」として2座が記載されており、宗我都比古神と宗我都比売神が祀られています。...»

畝火山口神社

畝火山口神社は、奈良県橿原市に位置する由緒ある神社で、畝傍山の西麓に鎮座しています。通称「お峯山」とも呼ばれ、古くから地元の人々に親しまれてきました。この神社は、延喜式内社に列せられ、旧社格は県社とされる格式高い神社です。畝傍山は日本神話にも登場する重要な場所であり、畝火山口神社はその霊験を今に伝える神社として信仰されています。 祭神 畝火山口神社の主祭神は以下の三柱です。 気長足姫命(神功皇后) - 古代の伝説的な女性で、応神天皇の母としても知られています。安産や子育ての守護神として広く信仰されています。 豊受比売命 - 五穀豊穣や食物の神として崇められる神で、特に農業や収穫に深...»

久米寺

真言宗発祥の地

久米寺は、奈良県橿原市久米町に位置する真言宗御室派の寺院です。山号は霊禅山で、本尊は薬師如来。聖徳太子の弟である来目皇子(くめのみこ)が開基と伝えられていますが、その詳細は不明です。また、伝説の仙人「久米仙人」による創建説もあり、『扶桑略記』や『今昔物語集』に登場する逸話が有名です。この寺は空海(弘法大師)が『大日経』を感得した場所とされ、「真言宗発祥の地」としても知られています。 歴史 創建と伝説 久米寺の創建に関しては諸説あります。『和州久米寺流記』には、聖徳太子の弟・来目皇子が開基と伝えられていますが、他の記録では久米仙人が創建者とされています。久米仙人は空を飛ぶ仙術を得た伝説の人...»

称念寺(橿原市)

称念寺(稱念寺)は、奈良県橿原市今井町にある浄土真宗本願寺派の寺院で、山号は今井山です。本尊は阿弥陀如来を祀り、今井御坊とも称されるこの寺院は、大和五ヶ所御坊や十六大坊の1つとして知られ、中本山に列する格式ある寺院です。今井町の中心に位置し、その歴史的価値と伝統的な建築様式から、訪れる人々に深い感銘を与えています。 歴史 創建と発展 称念寺の起源は、石山本願寺の顕如上人から河瀬権八郎兵部尉宗綱が寺号を得て、今井郷に念仏道場を建てたことに遡ります。永禄年間(1558年~1570年)には、川井長左衞門正冬と共に周辺に堀と土塁を築き、寺内町の基盤を整え、御坊(今井山)としての体裁を整えました。...»

新沢千塚古墳群

新沢千塚古墳群は、奈良県橿原市北越智町・川西町に位置する、日本を代表する古墳群の一つです。国の史跡に指定され、126号墳からの出土品は国の重要文化財に認定されており、その歴史的価値が高く評価されています。 立地と規模 この古墳群は奈良盆地南部、畝傍山の南方に広がる越智岡丘陵(標高約150メートル)に位置し、東西2キロメートル、南北2キロメートルにわたって広がっています。ここには直径約10〜15メートルの円墳を中心とする600基以上の古墳が点在し、その規模と数は全国的にも類を見ない大規模なものです。 築造時期 古墳群の築造は4世紀末から7世紀にかけて行われ、特に5世紀半ばから6世紀末にか...»

益田岩船

神秘的な石造物

益田岩船は、奈良県橿原市白橿町に位置する巨大な石造物で、奈良県指定史跡として保護されています。この神秘的な岩は、亀石や酒船石と並ぶ飛鳥地方の代表的な石造物のひとつであり、その中でも最大の規模を誇ります。 特徴と構造 位置と規模 益田岩船は、橿原ニュータウン内の白橿南小学校西側に広がる丘陵地帯、標高150メートルほどの岩船山の頂上付近にあります。その形状は台形に近く、東西約11メートル、南北約8メートル、高さ約4.7メートルに及びます。材質は硬質の石英閃緑岩で、全体がほぼ垂直に切り立つ大岩で形成されています。 溝と穴の構造 岩の上部から側面にかけては幅1.6メートルの溝が東西に掘られて...»

おふさ観音(十無量山 観音寺)

花まんだらの寺

おふさ観音は、奈良県橿原市小房町に位置する高野山真言宗の別格本山の寺院で、正式名称は「十無量山 観音寺」です。山号は十無量山で、本尊は十一面観世音菩薩です。この寺は「花まんだらの寺」としても知られ、四季折々の花々が境内を彩る美しい寺院として多くの参拝者や観光客に親しまれています。大和三山の耳成山と畝傍山のほぼ中央に位置し、アクセスも良好で、自然豊かな環境の中で心安らぐひとときを過ごすことができます。 おふさ観音の歴史 おふさ観音の起源は、江戸時代の慶安3年(1650年)に遡ります。当時、この地にあった鯉ヶ淵という池から白亀に乗った観音菩薩が現れ、それを目にした近隣に住む娘「おふさ」が感銘を...»

本薬師寺

橿原市に残る古代の官寺

本薬師寺は、奈良県橿原市の東南に位置し、かつて藤原京の薬師寺として知られた歴史的な寺院です。天武天皇が皇后(後の持統天皇)の病気平癒を祈り、680年に建立を誓願したとされ、奈良の西ノ京に移された現在の薬師寺と区別するために「本薬師寺」と称されるようになりました。この寺院は、藤原京の中心部に位置し、その威容を誇っていたことから、古代日本における仏教文化の重要な拠点として位置づけられます。 歴史と建立 建立の経緯 『日本書紀』によれば、天武天皇9年(680年)11月に、病に倒れた皇后(鵜野讚良皇女)の回復を願って薬師寺の建立が誓願されました。この時、百人の僧が得度(出家)し、皇后の病は平癒さ...»

藤原京

奈良県橿原市に位置する藤原京は、わが国初の本格的な都城として知られています。694年に持統天皇によって遷都され、710年の平城京遷都までの16年間にわたり日本の政治・文化の中心地として栄えました。その整然とした都市計画や大規模な宮殿跡は、古代日本の高度な都市設計技術を示す貴重な遺産として評価されています。 藤原京の成り立ち 藤原京は、飛鳥時代の終わりに位置し、律令国家の礎を築いた重要な場所です。持統天皇がそれまでの飛鳥浄御原宮から遷都したこの都は、中国の長安城をモデルにしたとされ、碁盤目状に区画された都市計画が特徴です。これは政治の安定と中央集権化を強化する目的があったと考えられています。...»

鳥屋ミサンザイ古墳

鳥屋ミサンザイ古墳は、奈良県橿原市鳥屋町に位置する前方後円墳で、その形状と規模から古墳時代後期前半(6世紀前半)に築造されたと推定されています。宮内庁により「身狭桃花鳥坂上陵(むさのつきさかのえのみささぎ)」として第28代宣化天皇とその皇后である橘仲皇女の合葬陵に治定されています。古墳は貝吹山の北麓にある丘陵の尾根先端部に位置し、丘尾を切断して築かれた特徴的な構造を持ちます。 墳丘の構造 鳥屋ミサンザイ古墳は、全長約138メートルの前方後円形を呈し、前方部は北北東に向けられています。墳丘は2段に築かれ、その表面には葺石が施され、円筒埴輪や朝顔形埴輪が配置されていました。墳丘の周囲には盾形の...»

今西家住宅

今西家住宅は、奈良県桜井市初瀬に位置する、江戸時代からの歴史を持つ貴重な民家です。その歴史は古く、江戸中期に建てられた主屋(しゅおく)を中心に、長い年月を経て増改築が繰り返され、現在の姿に至っています。奈良の風土と伝統建築の技術が融合したこの住宅は、当時の生活や文化を伝える貴重な文化遺産として、2004年に国の重要文化財に指定されました。 立地と環境 今西家住宅は、長谷寺への参道沿いに位置し、自然豊かな環境に囲まれています。古くから地域の要所として栄え、多くの巡礼者や旅人が行き交う場所にありました。そのため、建物には訪れる人々を迎え入れる工夫が随所に見られます。敷地内には美しい庭園や石畳が...»

今井町(奈良県)

今井町は、奈良県橿原市に位置する、重要な歴史的町並みが残る地区です。重要伝統的建造物群保存地区に指定されており、古い町並みや歴史的建造物が美しく保存されていることから、「東洋のベニス」とも称されることがあります。 戦国時代から江戸時代にかけて栄えた商人町で、かつて自治都市として発展し、現在も江戸時代の街並みを色濃く残しています。今井町は「日本最古の自治都市」として知られ、多くの歴史的建造物が立ち並ぶ貴重な地域です。 歴史的背景 今井町の歴史は戦国時代に遡ります。この地域はもともと自治を行っていた自由都市であり、堅固な城郭都市として発展しました。16世紀後半には、織田信長や豊臣秀吉といった...»

穴師坐兵主神社

穴師坐兵主神社は、奈良県桜井市に位置する歴史ある神社です。古代から続く式内社であり、その旧社格は県社に指定されています。もともとは「穴師坐兵主神社(名神大社)」「巻向坐若御魂神社(式内大社)」「穴師大兵主神社(式内小社)」の3つの神社から成り立ち、室町時代に合祀されて現在の形となっています。現在の社地は、かつての穴師大兵主神社があった場所に鎮座しています。 神社の歴史と起源 穴師坐兵主神社の創建については、複数の説が伝わっています。一説では、垂仁天皇2年に倭姫命が天皇の御膳を守護する神として祀ったことが起源とされ、また別の説では景行天皇が八千矛神(大国主)を兵主大神として祀ったとされていま...»

狭井神社

大神神社を支える由緒ある摂社

狭井神社は、奈良県桜井市に鎮座する大神神社の摂社で、正式には 狭井坐大神荒魂(さいにいますおおみわのあらみたま)神社と称されます。 三輪山の西麓、豊かな自然に囲まれた清浄な境内は、訪れる人の心を静め、古代から連綿と続く信仰の息づかいを感じさせてくれます。 この神社は、三輪の神である大物主大神の荒魂(あらみたま)を祀る特別な神社であり、 大神神社の中でもとりわけ霊力が強い場所として知られています。 そのため、病気平癒や健康祈願を目的に、全国各地から多くの参拝者が訪れます。 創建の由来と歴史的背景 狭井神社の創祀は垂仁天皇の時代と伝えられ、非常に古い歴史を持つ神社です。 平安時代に編纂された...»

等彌神社

奈良県桜井市に位置する等彌神社は、歴史と自然が調和する格式高い神社で、古くから地域の信仰を集めてきました。式内社(小)であり、旧社格は県社に列せられ、『延喜式神名帳』に記載されている大和国城上郡の等彌神社に比定されている由緒ある神社です。明治時代までは「能登宮」としても知られていました。 神社の歴史 創建と由来 等彌神社の創建は不詳ですが、社伝によれば古代より鳥見山に鎮座していたと伝えられています。鳥見山は初代天皇である神武天皇が即位後の神武天皇4年(紀元前660年)の春2月に皇祖神および天津神を祀った場所とされ、古代の重要な祭祀の地でした。『日本書紀』には、即位後に初めて皇祖天神を祀っ...»

法起院

桜井市初瀬の静かな佇まい

法起院は、奈良県桜井市初瀬に位置する真言宗豊山派の寺院で、長谷寺の塔頭(たっちゅう)として知られています。本尊には徳道上人像が祀られ、西国三十三所番外札所としても多くの巡礼者が訪れます。ここは、古くからの歴史と厳かな雰囲気が漂う場所で、訪れる人々に心の平安をもたらす霊場です。 歴史と由来 創建と徳道上人 法起院の歴史は奈良時代にさかのぼります。寺伝によれば、天平7年(735年)、西国三十三所観音霊場の創始者である徳道上人によってこの地に草庵が建てられたことが始まりとされています。徳道上人は晩年、この法起院の境内に立つ松の木に登り、法起菩薩となって遷化(せんげ)したと伝えられており、この逸...»

宗像神社(桜井市)

宗像神社は、奈良県桜井市外山(とび)に鎮座する古社であり、格式ある名神大社に列せられた式内社です。古くから当地の守護神として崇敬され、現在も地域の信仰の中心として親しまれています。旧社格は村社で、明治8年(1875年)に「宗像神社」の名称に復称されました。それ以前は「春日社」とも称され、近世以降は「中島社」や「中島さん」とも呼ばれていました。 鳥居と鎮座地 宗像神社は鳥見山(とみやま)の山麓に位置し、豊かな自然に囲まれた厳かな雰囲気の中にあります。鳥居をくぐると神聖な空気が漂い、参道には歴史の重みを感じさせる古木が立ち並んでいます。境内は清らかな気配に包まれ、参拝者に静かな祈りの時間を提供...»

奈良県