狭井神社は、奈良県桜井市に鎮座する大神神社の摂社で、正式には 狭井坐大神荒魂(さいにいますおおみわのあらみたま)神社と称されます。 三輪山の西麓、豊かな自然に囲まれた清浄な境内は、訪れる人の心を静め、古代から連綿と続く信仰の息づかいを感じさせてくれます。
この神社は、三輪の神である大物主大神の荒魂(あらみたま)を祀る特別な神社であり、 大神神社の中でもとりわけ霊力が強い場所として知られています。 そのため、病気平癒や健康祈願を目的に、全国各地から多くの参拝者が訪れます。
狭井神社の創祀は垂仁天皇の時代と伝えられ、非常に古い歴史を持つ神社です。 平安時代に編纂された『延喜式神名帳』にも 式内社「狭井坐大神荒魂神社五座」として記載されており、 国家的にも重要視されていたことがわかります。
本社である大神神社が和魂(にぎみたま)を祀るのに対し、 狭井神社では荒魂という、より力強く、直接的な神の働きを象徴する御神徳が信仰されてきました。 この二面性をもって大神神社の信仰は成り立っており、狭井神社はその重要な一翼を担っています。
狭井神社の主祭神は大神荒魂神です。 さらに、以下の神々が配祀されています。
・大物主神
・媛蹈鞴五十鈴姫命(ひめたたらいすずひめのみこと)
・勢夜多々良姫命(せやたたらひめのみこと)
・事代主神(ことしろぬしのかみ)
これらの神々のご神徳により、狭井神社は病気平癒・健康長寿・厄除けの神社として篤く信仰されてきました。 特に長患いや難病平癒を願う人々の祈りが、今も絶えることはありません。
現在の社殿は、拝殿が入母屋造(檜皮葺)、 その奥の石段上に春日造の本殿が西向きに鎮座する構成となっています。 質素でありながらも凛とした佇まいは、神の荒々しくも清らかな力を象徴するかのようです。
境内は三輪山の気配に包まれ、澄んだ空気と静寂が支配しています。 参拝者は自然と背筋が伸び、心身を清められるような感覚を覚えることでしょう。
拝殿の左奥に位置する井戸は、神社名の由来ともなった薬井戸で、 その水は「狭井の御神水」と呼ばれています。
古くからこの霊泉は万病に効く薬水として知られ、 多くの人々が病気平癒や健康を願い、この水を求めて参拝してきました。 現在でも、柄杓を使っていただくことができ、持ち帰ることも可能です。
そのため、境内には御神水を汲むための容器を手にした参拝者の姿が多く見られ、 狭井神社が今も生きた信仰の場であることを実感させます。
毎年4月18日に斎行される鎮花祭は、 「薬まつり」とも呼ばれ、約2000年の歴史を誇る由緒ある祭礼です。
その起源は、崇神天皇の時代、全国に疫病が流行した際に、 大直禰子命が大物主大神を祀ったところ疫病が鎮まったという故事に由来します。 この出来事から、狭井神社は疫病鎮静・病気平癒の神として篤く信仰されるようになりました。
鎮花祭は国家の重要な祭祀として『大宝律令』(701年)にも定められており、 日本における医療信仰・疫病除けの原点ともいえる祭りです。
狭井神社の境内は、三輪山登拝の正式な入口でもあります。 社務所で申込みを行い、登拝料を納め、白いたすきを受けて御祓いを受けることで、 三輪山への登拝が許可されます。
三輪山は大神神社の御神体そのものであり、古来より禁足の山とされてきました。 現在も、登拝中の撮影・飲食・喫煙は禁止されており、 軽い気持ちで入山することは厳に慎むべきとされています。
狭井神社は、三輪の神の荒魂の力を最も身近に感じられる場所であり、 健康を祈り、心身を清め、神聖な三輪山へと向かうための重要な起点となっています。
狭井神社は、大神神社の信仰を支える要となる存在であり、 病気平癒・健康祈願・疫病除けを願う人々にとって欠かせない神社です。 御神水、鎮花祭、三輪山登拝といった要素が一体となり、 古代から現代まで変わらぬ祈りの形を今に伝えています。