喜多美術館は、奈良県桜井市三輪、三輪山の山麓に位置する西洋近・現代美術を中心とした私立美術館です。 昭和63年(1988)春、シルクロード博覧会の開催を記念して開館しました。
美術館は、日本最古の道といわれる「山の辺の道」の南端、 国の重要文化財である金屋の石仏のすぐ前に建てられており、 周囲には古墳や旧跡、社寺が点在する、歴史と自然に恵まれた環境にあります。 古代文化の息づく地で西洋美術を鑑賞するという、他に類を見ない体験ができることも、 喜多美術館ならではの魅力です。
本館では、世紀末印象派から近代、そして現代美術へと続く 西洋美術の流れを、体系的に鑑賞できる常設展示が行われています。 ルノワール、ゴッホといった印象派・ポスト印象派の巨匠から、 ピカソに代表される20世紀美術まで、世界美術史に名を刻む作家の作品が並びます。
これらの作品は、単なる有名作家の寄せ集めではなく、 造形や表現の変遷を意識して展示されており、 美術史の流れを自然に理解できる構成となっています。
喜多美術館の特徴の一つが、西洋美術と並んで展示される 日本人画家の作品の充実ぶりです。 佐伯祐三、須田国太郎、藤田嗣治、熊谷守一、ユトリロなど、 日本と西洋の美術が交差する時代を生きた画家たちの作品を通じて、 近代日本美術の独自性を感じることができます。
本館に隣接する別館には、 「ボイスとデュシャンの部屋」と名付けられた展示空間があります。 ここでは、20世紀現代美術を語る上で欠かせない ヨーゼフ・ボイス、マルセル・デュシャンを中心とした作品が展示されています。
デュシャンが提示した「芸術とは何か」という根源的な問い、 ボイスが唱えた「社会彫刻」という思想は、 絵画中心の美術観を大きく拡張しました。 この部屋は、現代美術の思想的背景に触れることのできる、 国内でも屈指のコレクション空間といえるでしょう。
本館の向かいに位置する別棟では、 東洋美術をテーマとした展示が行われています。 この建物は、喜多家に伝わる古い酒蔵を改修したもので、 落ち着いた空間の中で漆器や陶磁器を鑑賞することができます。
展示されている作品は、喜多家が代々実生活の中で 大切に使い、受け継いできた品々が中心です。 西洋美術とは異なる、東洋独自の美意識や生活文化を感じられる展示となっています。
平成11年(1999)、開館10周年を記念して新館が建設されました。 新館では、奈良県近郊を中心とした新進気鋭の作家を紹介する 企画展・特別展が年に約6回開催されています。
地域に根ざしながらも、現代美術の最前線を紹介する姿勢は、 喜多美術館の大きな特色です。 若手作家にとっては重要な発表の場であり、 来館者にとっては新しい表現と出会う貴重な機会となっています。
喜多美術館を創設した喜多才治郎(1926~2005)は、 三輪の地で三百年以上続く旧家に生まれ育ちました。 幼少期から文化や歴史に親しみ、やがて西洋美術に深い関心を抱くようになり、 生涯を通じて数多くの近代・現代美術作品を蒐集していきます。
還暦を迎えるにあたり、 「自らが集めてきた作品を、個人の楽しみにとどめず、社会に還元したい」 という思いから財団を設立し、自宅敷地の一角に美術館を建設しました。 その結果誕生したのが、現在の喜多美術館です。
喜多美術館は、平成22年(2010)12月1日付で奈良県知事の認定を受け、 公益財団法人 喜多美術館として新たな歩みを始めました。 美術作品の保存・公開にとどまらず、教育普及活動や若手作家の支援など、 地域と社会に開かれた美術館運営を続けています。
喜多美術館は、山の辺の道を散策する途中に立ち寄ることができる立地にあり、 自然・古代史・近現代美術を一度に味わえる観光スポットです。 森林浴を楽しみながら歩いた後に美術館を訪れることで、 現代の視点から古代文化を見つめ直すという、奥深い体験ができます。
休館日:月曜日・木曜日(祝日の場合は翌日)、展示替え期間、夏季、年末年始
交通:JR桜井線(三輪線)「三輪駅」下車、徒歩約7分。 駅から近く、山の辺の道の散策とあわせて訪れやすい美術館です。
喜多美術館は、西洋近・現代美術を軸にしながら、 東洋美術、若手作家の支援、そして地域文化との融合を大切にする美術館です。 三輪山と山の辺の道という特別な環境の中で、 世界の美術と日本の歴史文化を同時に味わえるこの場所は、 奈良観光において静かに心を満たしてくれる存在といえるでしょう。