岡寺は、奈良県高市郡明日香村岡に位置する真言宗豊山派の寺院で、山号を東光山、院号を真珠院と称します。正式には東光山 真珠院 龍蓋寺といい、古くは「龍蓋寺(りゅうがいじ)」の名で知られてきました。現在の宗教法人名および一般的な呼称は「岡寺」であり、飛鳥の地に深く根差した信仰の寺として、今なお多くの参拝者を迎えています。
岡寺は、日本で最初の厄除け霊場として広く知られ、西国三十三所観音霊場の第七番札所にも数えられています。飛鳥時代から連なる歴史、雄大な自然、数々の文化財、そして人々の祈りを受け止め続けてきた信仰が一体となり、訪れる人に深い感動と安らぎを与えてくれる寺院です。
岡寺の創建は、天智天皇2年(663年)にさかのぼります。開祖は、飛鳥・奈良時代の仏教界を代表する高僧義淵僧正(ぎえんそうじょう)です。義淵僧正は、日本における法相宗の祖とされ、東大寺の創建に深く関わった良弁僧正や、民衆教化で名高い行基菩薩など、多くの優れた弟子を育てた人物として知られています。
『東大寺要録』や『扶桑略記』によれば、岡寺は、若くして亡くなった天武天皇の皇子草壁皇子が居住していた「岡宮(おかのみや)」の跡地に、義淵僧正が堂舎を建立したことに始まると伝えられています。このことから、土地の名にちなみ「飛鳥の岡にある寺」すなわち「岡寺」と呼ばれるようになりました。
史料上の初見は、天平12年(740年)の『正倉院文書』に記された写経所啓であり、奈良時代にはすでに国家的規模の仏教活動の一翼を担う寺院であったことがうかがえます。
岡寺がかつて「龍蓋寺」と呼ばれていた背景には、有名な悪龍封印の伝説があります。古く、この地では荒れ狂う悪龍が住みつき、雨を降らせず農民たちを苦しめていたと伝えられています。義淵僧正は、この悪龍を仏法の力によって池に封じ込み、大きな石で蓋をして鎮めたとされます。
この池が、現在も境内に残る龍蓋池です。悪龍の「厄」を取り除いたというこの伝説は、やがて岡寺が厄除けの寺として信仰を集める大きな契機となりました。「龍を蓋で封じた寺」という意味から、「龍蓋寺」の名が生まれたと伝えられています。
岡寺は、古来より「やくよけの観音さま」として全国的に知られてきました。鎌倉時代初期に成立した歴史書『水鏡』には、厄年を迎えた人が二月初午の日に龍蓋寺へ参詣したことが記されており、すでにこの時代には「岡寺厄除参り」が広く定着していたことが分かります。
とりわけ、岡寺は女性の厄除け観音としても親しまれてきました。これは、本尊である如意輪観音菩薩のお顔に、かすかに紅が残る優美な表情が、女性の信仰を集めたことによるともいわれています。現代では、男女を問わず、厄年に限らず人生の節目や心の区切りとして、多くの人が祈りを捧げに訪れています。
岡寺の最大の見どころは、何といっても本堂に安置された塑造如意輪観音坐像です。像高約4.85メートルを誇るこの仏像は、日本最大の塑像であり、奈良時代を代表する仏教彫刻の傑作として国の重要文化財に指定されています。
塑像とは、木や金属ではなく、土を芯にして形づくられた仏像のことで、奈良時代に盛んに制作されました。本像は、如意輪観音としては珍しい二臂像で、穏やかでありながらも力強い眼差しを前方に向け、衆生を見守る姿が印象的です。頭部には造立当初の部分が残り、口元には当時の彩色の名残である紅が確認できます。
寺伝によれば、この如意輪観音像は弘法大師空海が、日本・中国・インド三国の土を用いて造立したとも伝えられ、胎内には、かつての本尊であった金銅如意輪観音半跏思惟像が納められていたといわれています。
岡寺(正式名称:龍蓋寺)は、明日香村の東側、岡山の中腹に位置し、飛鳥の里を見下ろす高台に広がる境内は、祈りと自然が深く調和した神聖な空間として知られています。日本最初の厄除け霊場としての歴史を持ち、今も多くの参拝者が心身の清浄を求めて訪れます。
参道を進むと現れる仁王門は、岡寺の境内への入口にあたる重要な門です。慶長17年(1612年)に再建されたこの門は、明日香村において数少ない建造物の重要文化財です。門内には阿形・吽形の仁王像が安置され、俗世と仏の世界を分かつ結界としての役割を果たしています。
岡寺の中心となる建物が本堂です。現在の本堂は文化2年(1805年)に再建されたもので、完成までに30年以上を要しました。本堂内には、岡寺の本尊である如意輪観音坐像が安置されています。この像は高さ約4.6メートルを誇り、塑像(そぞう)としては日本最大級とされる貴重な仏像です。
如意輪観音は、人々のあらゆる願いを叶え、苦しみを救済するとされる観音菩薩であり、岡寺では特に厄除け・厄払いの仏として篤い信仰を集めています。西国三十三所観音霊場にちなみ、三十三体の観音像も祀られています。
寛永21年(1644年)頃に建立された書院は、江戸初期の書院建築の典型例といえる貴重な遺構として重要文化財に指定されています。普段は非公開ですが、端正で格式高い建築様式は、岡寺の歴史的価値を物語っています。
境内奥に位置する奥之院周辺は、岡寺の霊的中枢ともいえる場所です。ここには龍蓋池(りゅうがいけ)があり、寺名「龍蓋寺」の由来となった伝説が伝えられています。
さらに奥へ進むと、岡山に棲んでいた悪龍を義淵僧正が法力によって池に封じ、大石で蓋をしたという伝説が残されており、義淵僧正の廟塔とされる宝篋印塔や、清らかな水が湧き出る瑠璃井、弥勒菩薩を祀る石窟堂など、神秘的な空間が広がります。
岡寺は「花の寺」としても知られ、春には石楠花(しゃくなげ)、初夏には紫陽花(あじさい)が境内を彩ります。特に紫陽花の季節には、石段や参道が花で埋め尽くされ、写真愛好家にも人気の景観となります。
四季折々の自然と歴史的建築が織りなす景観は、訪れる人に深い安らぎを与えてくれます。
元々は談山神社の護摩堂として建立されましたが、明治時代に岡寺に移築されました。近年では2004年から2006年にかけて、屋根を檜皮葺きに復元する解体修理が行われました。
岡寺には、本尊をはじめとする多くの貴重な文化財が伝えられています。国宝である木心乾漆義淵僧正坐像(奈良国立博物館寄託)をはじめ、重要文化財の仏像や建造物が数多く存在し、飛鳥から奈良、そして中世へと続く日本仏教美術の流れを今に伝えています。
奈良時代の作品で、義淵僧正を写実的に表したこの像は、目尻が垂れ下がり、皺や肋骨の浮き具合まで細やかに表現されています。現在は奈良国立博物館に寄託されています。
天智天皇の発願により、義淵僧正が造立したと伝えられ、飛鳥時代の信仰と造形美を今に伝えています。塑像という技法は現存例が少なく、保存状態が良好である点からも、日本仏教美術史上きわめて貴重な存在と評価されています。
岡寺の開山とされる義淵僧正の坐像も、重要文化財に指定されています。唐に渡り仏教を学び、帰国後は飛鳥仏教の発展に大きく寄与した高僧であり、その穏やかで威厳ある表情は、深い信仰心を今に伝えています。
境内には、飛鳥時代から中世にかけての石仏、石塔、供養塔などが点在しています。これらは、長い年月にわたり人々が岡寺に祈りを捧げてきた証であり、民間信仰と仏教が融合した歴史を感じさせます。
岡寺は「花の寺」としても親しまれています。春には桜や約3,000株のシャクナゲが境内を彩り、初夏にはダリアを浮かべた「華の池」が訪れる人の目を楽しませます。秋には参道一帯が紅葉に包まれ、冬には凛とした静寂の中で祈りの時間を過ごすことができます。
公共交通機関を利用する場合、最寄り駅は近鉄吉野線「飛鳥駅」、または近鉄橿原神宮前駅です。
飛鳥駅前より奈良交通バスに乗車し、「岡寺前」バス停で下車します。そこから石段を上って徒歩約10分で境内に到着します。
橿原神宮前駅東口より奈良交通バスに乗車し、「岡寺前」バス停で下車してください。所要時間は約30分です。
明日香村内はレンタサイクルの利用も盛んで、飛鳥駅周辺から岡寺までは自転車で約15分程度です。ただし、岡寺直前は急な上り坂となるため、体力に自信のない方はバス利用がおすすめです。
岡寺は、飛鳥の歴史、義淵僧正の信仰、如意輪観音の慈悲、そして人々の祈りが重なり合う、特別な場所です。日本最初の厄除け霊場として、また西国三十三所観音霊場の札所として、古代から現代まで変わらぬ信仰を集め続けています。
飛鳥を訪れる際には、ぜひ岡寺に足を運び、静かな山中にたたずむ伽藍と、悠久の時を超えて見守り続ける如意輪観音の前で、心静かに手を合わせてみてはいかがでしょうか。