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室生 山上公園 芸術の森

自然と芸術が溶け合う天空の野外美術館

室生山上公園芸術の森は、奈良県宇陀市室生に位置する、自然と現代美術が一体となった野外ミュージアムです。標高の高い室生の山上、室生寺をはるかに見下ろす高台に広がるこの公園は、森林の谷間を生かして整備された約7.8ヘクタールもの広大な敷地を有し、園内全体がひとつの芸術作品として構成されています。

この地は、古来より信仰と自然が深く結びついてきた室生の精神風土を背景に、「自然をつかって、第2の自然をつくる」という明確なコンセプトのもとで創出されました。訪れる人は、単に作品を「鑑賞する」のではなく、歩き、触れ、感じることで、自然と芸術が響き合う空間を全身で体験することができます。

世界的彫刻家ダニ・カラヴァンが描いた環境芸術

公園の設計・監修を手がけたのは、イスラエル出身の世界的彫刻家ダニ・カラヴァン氏です。壮大な野外作品で知られるカラヴァン氏は、土地の歴史や地形、光や風、水の流れといった自然要素を作品の一部として取り込み、環境そのものを彫刻へと昇華させてきました。

室生山上公園芸術の森では、南北約700メートルにわたる園内に、全12のオブジェが点在しています。これらは単独の彫刻作品ではなく、森や谷、水辺、空と一体となり、公園全体が「風景彫刻」として完成されています。季節や時間帯、天候によって表情を変えるため、訪れるたびに異なる印象を与えてくれるのも大きな魅力です。

「山の上のモニュメント構想」と誕生の背景

この公園の原点には、旧室生村出身の彫刻家井上武吉が構想した「山の上のモニュメント構想」があります。井上は、衰退しつつあった故郷・室生を再生するため、村全体を人間と自然が共存する美術館にするという壮大な夢を描き、「森の回廊計画」を提唱しました。

しかし、1997年、計画の完成を見届けることなく井上はこの世を去ります。その志を受け継ぎ、構想を実現へと導いたのがダニ・カラヴァンでした。こうして誕生した室生山上公園芸術の森は、「むろうアートアルカディア計画」の象徴的事業として位置づけられ、現在も未来の文化遺産となることを目指して丁寧に管理されています。

太陽の道と天文の塔 ― 光と時間を感じる空間

公園の中核をなすのが、第2の湖に架かるブリッジゲートと、その中央に立つ天文の塔です。これらは、奈良から伊勢へと連なる重要な聖地を結ぶとされる北緯34度32分、「太陽の道」を視覚化した作品です。

高さ約8メートルの天文の塔には、コールテン鋼が用いられ、南面にはスリットが設けられています。太陽の動きに応じて光の線が塔の内部に描かれ、日時計としての役割を果たします。時間や季節によって変化する光と影の表情は、自然のリズムを強く意識させ、訪れる人に宇宙的な広がりを感じさせます。

水と緑が織りなす体験型オブジェ

らせんの竹林

直径約17メートル、深さ約4メートルのらせんの竹林は、壁沿いにぐるりと回りながら地下へと降り、再び地上へと導かれる構造になっています。開かれた空間から閉ざされた空間へ、明から暗へと移ろう体験は、身体感覚を通して自然と向き合う貴重な時間を与えてくれます。

らせんの水路

第1の湖から続くらせんの水路は、渦巻き状に水が流れる浅い水路で、子どもたちが安心して水に親しめる場所です。水路の途中には日時計となる鋼製の棒が立ち、遊びの中に自然と時間の概念が組み込まれています。

島々と棚田 ― 室生の原風景を未来へ

第1の湖には、野鳥観察を目的とした野鳥観察の島が設けられ、多様な生き物が訪れる豊かな生態系が保たれています。第2の湖には、瞑想や休憩に適したピラミッドの島があり、包まれた空間の中で空や風景を切り取るように眺めることができます。

また、園内には実際に耕作が続けられている棚田も残されており、自然の地形に沿った美しい風景を「土地の記憶」として未来へ伝えています。芸術とともに、暮らしの痕跡を大切にしている点も、この公園の大きな特徴です。

光と影の回廊を歩く癒やしの時間

室生山上公園芸術の森は、一般的な公園とは異なり、完成された彫刻作品そのものです。遊歩道の舗装には、間伐材を再利用した木質チップが使われ、自然景観と調和するよう配慮されています。歩くたびに足裏から自然を感じ、視覚だけでなく五感すべてが刺激されます。

「地」と「天」の対比

室生山上公園芸術の森と、山麓に位置する道の駅「宇陀路室生」は、それぞれ独立した施設でありながら、同一の思想と物語を共有する、対をなす存在として計画されています。この二つの施設は、旧室生村が進めてきた「むろうアートアルカディア計画」の中核を担い、自然・芸術・人間の関係を立体的に表現する象徴的な空間です。

「地」を象徴する道の駅 宇陀路室生

道の駅「宇陀路室生」は、室生寺の玄関口に位置し、地域を訪れる人々を迎え入れる入口=地上の拠点として設計されています。建築を手がけたのは、室生村出身の彫刻家、井上武吉です。

ガラス張りの吹き抜け空間と列柱による構成は、室生の森に差し込む木もれ陽を表現したもので、建築そのものが一つの彫刻作品として成立しています。大地にしっかりと根を下ろした水平的な広がりは、人々の生活や交流、地域文化の息づかいを感じさせ、「地」に生きる人間の営みを象徴しています。

「天」を象徴する室生山上公園芸術の森

一方、山上に広がる室生山上公園芸術の森は、「天」をイメージした空間として構想されました。北緯34度32分の「太陽の道」と交差する特別な場所に位置し、太陽、光、影、時間、宇宙といった目に見えない概念を、空間そのものによって可視化しています。

道の駅が人々の暮らしと日常に寄り添う「地」の施設であるのに対し、芸術の森は、自然と向き合い、自己と対話するための精神的・象徴的な「天」の空間です。両者を行き来する体験そのものが、室生という土地の持つ深い物語を体感する旅となっています。

彫刻家 井上武吉 ― 室生から世界へ広がった「森の回廊」の思想

ふるさと室生への深い想い

井上武吉(1930-1997)は、奈良県宇陀郡室生村(現・宇陀市)出身の彫刻家で、国内外に数多くの環境造形作品を残しました。井上氏の作品の根底には、幼少期に育った室生の谷あいの風景、深い森、空を仰ぎ見る感覚が常に息づいています。

彼は、故郷が過疎化に向かうなかで、「芸術によって村を再生できないか」という強い思いを抱き、「森の回廊計画」という壮大な構想を打ち立てました。これは、村全体を一つの美術館に見立て、自然と彫刻が共存する空間として再生するという、極めて先進的な構想でした。

未完に終わった構想と、その継承

井上武吉は、1997年に急逝し、室生山上公園芸術の森の完成を見ることはできませんでした。しかし、彼が遺した数多くのスケッチと思想は、後に世界的彫刻家ダニ・カラヴァンによって受け継がれ、形となっていきます。

道の駅「宇陀路室生」は、井上にとって最初であり、最後の大規模空間作品となりました。この施設は、彼の思想の出発点であり、同時に、芸術の森へと続く精神的な入口でもあります。

ダニ・カラヴァン ― 室生の自然と対話した世界的彫刻家

環境と一体化する彫刻表現

ダニ・カラヴァン(1930-2021)は、イスラエル出身の世界的彫刻家で、都市や自然環境そのものを作品の一部とする環境造形の第一人者です。彼の作品は、鑑賞するものではなく、「歩き、感じ、体験する彫刻」として世界各地で高く評価されています。

室生山上公園芸術の森においても、カラヴァンは自身の造形を前面に押し出すことなく、室生の地形、森、水、太陽の動きと対話しながら、空間全体を一つの彫刻として完成させました。

井上武吉へのオマージュとしての芸術の森

カラヴァンは、このプロジェクトを「井上武吉へのオマージュ」と位置づけ、彼の思想を尊重しながら設計を進めました。遠近法を用いた並木道や、身体感覚を揺さぶる空間構成には、井上作品への深い理解と敬意が込められています。

その結果、室生山上公園芸術の森は、単なる野外美術館ではなく、二人の彫刻家の思想と時間を超えた対話の場として、世界に類を見ない芸術空間となりました。

未来へ受け継がれる「アートアルカディア」

室生山上公園芸術は、完成して終わる施設ではありません。自然とともに変化し、訪れる人々の記憶の中で育ち続ける生きた文化遺産です。都会の喧騒を離れ、光と影、水と森、芸術と自然が織りなす空間に身を委ねることで、心と身体が静かに整っていくのを感じられるでしょう。

ここを歩くことは、自然と芸術、過去と未来、人と土地をつなぐ物語の中に身を置くことでもあります。室生の地でしか体験できないこの特別な時間を、ぜひ五感で味わってみてください。

Information

名称
室生 山上公園 芸術の森

明日香・橿原

奈良県