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宗我坐宗我都比古神社

(そがにます そがつひこ じんじゃ)

宗我坐宗我都比古神社は、奈良県橿原市曽我町に位置する歴史ある神社です。古くから蘇我氏に縁のある神社として知られ、その古代の姿を今に伝えています。式内社(大社)に列する由緒正しい神社であり、旧社格は村社です。地元では「入鹿宮(いるかのみや)」の通称でも親しまれています。

祭神

古代豪族・蘇我氏ゆかりの神々

祭神は以下の2柱が祀られています。

延長5年(927年)成立の『延喜式』神名帳では「宗我坐宗我都比古神社」として2座が記載されており、宗我都比古神と宗我都比売神が祀られています。これらの神は古代豪族・蘇我氏の祖先神と考えられ、蘇我氏の歴史と深い関わりを持つとされています。

蘇我氏との関係

蘇我氏は古代日本において大きな影響力を持った氏族であり、その祖先神とされる宗我都比古神社も、その歴史とともに重要な役割を果たしてきました。社名や地名に「ソガ」が含まれることから、この地域が蘇我氏の本拠地であった可能性が高いと考えられています。さらに、『紀氏家牒』には蘇我石河宿禰が「大和国高市県蘇我里」に住んでいたと記されており、この地が蘇我氏の発祥地とする説を裏付けています。

歴史

創建と伝承

宗我坐宗我都比古神社の創建ははっきりとは分かっていませんが、『五郡神社記』によれば推古天皇(593-628年)の時代に蘇我馬子が武内宿禰と石川宿禰を祀るために創建したと伝えられています。また、社伝によれば、持統天皇(690-697年)が蘇我氏の滅亡を憐れみ、その後裔である徳永内供にこの地を与え、祖神を祀る社として建立したともいわれています。

神社の変遷

『新抄格勅符抄』の大同元年(806年)の記録によると、当時の「宗我神」には神戸として3戸が充てられていたとされます。このことから、宗我坐宗我都比古神社は古くから信仰を集めていたことがわかります。さらに、天安3年(859年)には「宗我都比古神」が従五位上に昇叙され、貞観6年(864年)には正五位下に昇進するなど、その格式の高さがうかがえます。

近代以降の歴史

明治維新後の近代社格制度において、宗我坐宗我都比古神社は1907年(明治40年)に村社に列格されました。その後も地域の信仰の中心として大切にされ続け、現在に至っています。

境内と見どころ

本殿と社殿

境内には荘厳な本殿や拝殿、中門、大神輿収納殿があり、歴史の重みを感じさせます。これらの建物は、それぞれの時代における建築様式を反映しており、社殿の美しさは訪れる人々を魅了します。

摂末社

これらの摂末社もまた、古くからの信仰の象徴として重要な役割を果たしています。

アクセス

宗我坐宗我都比古神社は奈良県橿原市曽我町1196にあり、近鉄大阪線の真菅駅から徒歩約3分とアクセスも便利です。歴史を感じながら参拝するには最適な場所です。

おわりに

宗我坐宗我都比古神社は、蘇我氏の歴史と信仰が色濃く反映された古社であり、その荘厳な雰囲気と深い歴史は訪れる人々に強い印象を与えます。奈良を訪れる際は、ぜひこの由緒ある神社に足を運んでみてはいかがでしょうか。

Information

名称
宗我坐宗我都比古神社
(そがにます そがつひこ じんじゃ)

明日香・橿原

奈良県