奈良県 > 明日香・橿原 > 等彌神社

等彌神社

(とみ じんじゃ)

奈良県桜井市に位置する等彌神社は、歴史と自然が調和する格式高い神社で、古くから地域の信仰を集めてきました。式内社(小)であり、旧社格は県社に列せられ、『延喜式神名帳』に記載されている大和国城上郡の等彌神社に比定されている由緒ある神社です。明治時代までは「能登宮」としても知られていました。

神社の歴史

創建と由来

等彌神社の創建は不詳ですが、社伝によれば古代より鳥見山に鎮座していたと伝えられています。鳥見山は初代天皇である神武天皇が即位後の神武天皇4年(紀元前660年)の春2月に皇祖神および天津神を祀った場所とされ、古代の重要な祭祀の地でした。『日本書紀』には、即位後に初めて皇祖天神を祀った場所と記され、大嘗会の起源とも関連があると考えられています。

社殿の移転と発展

平安時代には式内社として朝廷の保護を受けていましたが、天永3年(1112年)には大規模な山崩れに見舞われ、現在の地に社殿が移されました。その後も地域の信仰の中心として発展を続け、1940年(昭和15年)には村社から県社に昇格し、さらに昭和30年代には桜井市護国神社も創建されるなど、長い歴史の中で大きな変遷を遂げています。

祭神

上津尾社

等彌神社の主祭神である上津尾社には大日霊貴命が祀られています。ただし、一部の伝承では饒速日命を祀るともされています。このように古代からの多様な神々が融合した信仰形態が見られるのも、等彌神社の特色です。

下津尾社

下津尾社は右殿と左殿に分かれており、右殿(八幡社)には磐余明神と品陀和気命、左殿(春日社)には高皇産霊神と天児屋根命がそれぞれ祀られています。これらの神々は、日本の古代信仰の重要な神々であり、地域の守護神として篤く崇敬されています。

境内の見どころ

多彩な社殿と末社

境内には上津尾社、下津尾社の他にも、弓張社(祭神:櫻井弓張皇女)、稲荷社、黒龍社、恵比須社、愛宕社、金毘羅社、猿田彦大神社、桃神社(祭神:意富加牟豆美命)などが鎮座しています。また、1924年(大正13年)に新設された拝殿や神饌所、参集所なども見どころです。

万葉歌碑と句碑

等彌神社の境内には万葉集にゆかりのある歌碑や句碑が13基設置されており、古代の歌人たちの情感豊かな和歌に触れることができます。これらは日本の文学史にとっても貴重な文化財です。

八咫烏の伝承

特に注目されるのは、当社の八咫烏が人の形をしている点です。これは他の八咫烏信仰とは異なる独自の特徴であり、訪れる人々に強い印象を与えます。

アクセス情報

等彌神社へは以下の方法でアクセスできます:

まとめ

古代から続く歴史と自然に囲まれた等彌神社は、静かな佇まいの中に重厚な歴史を感じさせる場所です。訪れる際には、社殿や歌碑、八咫烏の伝承など、豊かな文化と歴史に触れる時間を楽しんでみてはいかがでしょうか。

Information

名称
等彌神社
(とみ じんじゃ)

明日香・橿原

奈良県