宗像神社は、奈良県桜井市外山(とび)に鎮座する古社であり、格式ある名神大社に列せられた式内社です。古くから当地の守護神として崇敬され、現在も地域の信仰の中心として親しまれています。旧社格は村社で、明治8年(1875年)に「宗像神社」の名称に復称されました。それ以前は「春日社」とも称され、近世以降は「中島社」や「中島さん」とも呼ばれていました。
宗像神社は鳥見山(とみやま)の山麓に位置し、豊かな自然に囲まれた厳かな雰囲気の中にあります。鳥居をくぐると神聖な空気が漂い、参道には歴史の重みを感じさせる古木が立ち並んでいます。境内は清らかな気配に包まれ、参拝者に静かな祈りの時間を提供しています。
この神社の歴史は古く、南北朝時代以降は「春日社」として親しまれてきましたが、明治時代に本来の「宗像神社」の名に復されています。その名が示す通り、宗像神社は宗像三女神を祀る神社で、これらの女神は古代より海上安全や交通安全、繁栄を守る神々として信仰されてきました。
祭神として祀られるのは以下の三柱の女神です。
これらの神々は、もともと筑前国(現在の福岡県)の宗像大社で祀られる神々であり、当社もその分祠とされています。『日本三代実録』によれば、元慶4年(880年)に官社に列せられ、寛平5年(893年)には徭丁8人が修理料として充てられるなど、古代から国家の保護を受けた由緒正しい神社です。
南北朝時代、高市皇子の外戚である高階氏の氏神としても崇敬されましたが、興国2年(1341年)には兵火に見舞われ、一時衰退しました。その後、高階氏の後裔である玉井家が神霊を自邸に遷し、「中島宗像社」として信仰を継承。天正18年(1590年)には旧社地に社殿が再興され、幕末には再び宗像神社としての地位が回復されました。
安政6年(1859年)には、鈴木重胤の尽力により筑前宗像大社から改めて神霊を勧請し、万延元年(1860年)に社殿が復旧されました。以後も地域の信仰を集め、現在に至るまでその歴史を受け継いでいます。
本殿は三間二間の神明造銅板葺で、棟には千木・鰹木が置かれ、厳粛な佇まいを見せています。平成21年(2009年)に大規模な改築が行われ、現在も美しい姿を保っています。
境内入口には「能楽宝生流発祥の地」の碑があり、歴史と伝統が感じられる場所です。
JR桜井線・近鉄大阪線 桜井駅南口から奈良交通バスで「外山」下車。