宇太水分神社は、奈良県宇陀市菟田野古市場に位置する格式高い神社です。古くから大和国における水神信仰の中心地として栄え、延喜式神名帳に名を連ねる式内大社でもあります。また、明治時代の旧社格では県社に列せられ、長きにわたり地元の人々の信仰を集めてきました。
大和国には、方角ごとに水分神(みくまりのかみ)を祀る四つの神社が存在し、宇太水分神社はそのうちの「東の水分神社」に当たります。他の三社には、「都祁水分神社(北)」「葛木水分神社(西)」「吉野水分神社(南)」があります。宇陀市内にはさらに水分神を祀る神社が複数存在し、菟田野上芳野の「惣社水分神社(上社)」、榛原下井足の「宇太水分神社(下社)」、そして本記事の主題である菟田野古市場の「宇太水分神社(中社)」という具合に、地域内でも区別されています。
社伝によれば、宇太水分神社の創建は古代の崇神天皇7年(紀元前91年)にさかのぼります。創建当初から大和国の重要な神社とされ、延喜式では「大社」に格付けされ、国家的祭祀である月次祭や新嘗祭において官幣に預かる由緒ある神社でした。
平安時代には神階も着実に進み、承和7年(840年)には従五位下を授与され、さらに天安3年(859年)には正五位下に昇格しています。これらの記録は『続日本後紀』や『日本三代実録』に記されています。
宇太水分神社に祀られている御祭神は以下の三柱です。
これらの神々は水の分配を司るとされ、農業をはじめとした生活全般において非常に重要な神格として信仰されてきました。特に宇陀地方では、豊かな水をもたらす神として今も厚く信仰されています。
宇太水分神社の本殿は、三棟が横一列に並んで建てられている独特の構造を持ちます。右から順に第一殿・第二殿・第三殿と呼ばれ、それぞれ天水分神・速秋津比古神・国水分神を祀っています。
建築様式はいずれも一間社隅木入春日造で、屋根は檜皮葺き。第一殿と第三殿には、元応2年(1320年)の墨書が確認されており、鎌倉時代後期の建築であることが明らかです。第二殿については、永禄元年(1558年)の墨書があり、室町時代中期の改築と考えられています。
この三棟の本殿は、1954年に国宝に指定され、日本の神社建築史においても重要な価値を持つ文化財とされています。
拝殿は参拝者が神に祈りを捧げる場所として機能しており、厳かな雰囲気に包まれています。入口に立つ大鳥居は、神域への入口を象徴し、その存在感により参拝者を非日常の神聖な空間へと誘います。
宇太水分神社の境内には、複数の摂末社が存在し、いずれも地域信仰の拠点となっています。中でも次の二社は国の重要文化財に指定されています。
そのほか、金刀毘羅神社・恵比須神社・祓戸神社・稲荷神社などの社もあり、地域住民の信仰の厚さが感じられます。
宇太水分神社では、毎年10月の第三日曜日に「菟田野みくまり祭」が開催されます。この祭りは地域の人々が一堂に会し、五穀豊穣や地域の平安を祈願する伝統的な行事であり、地元文化に根差した温かみのある祭りとして親しまれています。
奈良県宇陀市菟田野古市場244-3
近鉄大阪線「榛原駅」から奈良交通バスに乗車(10系統「菟田野」行き、または15系統「東吉野村役場」行き)、「古市場水分神社前」で下車。バス停からすぐの場所に位置しています。
宇太水分神社の本殿三棟は、1911年に旧・古社寺保存法に基づく特別保護建造物として指定され、1950年の文化財保護法施行により重要文化財、1954年には国宝として認定されました。これにより、日本の宗教建築として非常に高い評価を受けています。
また、摂社である春日神社本殿および宗像神社本殿も、1954年に国の重要文化財として登録されており、歴史的・文化的な価値がきわめて高い神社です。
宇太水分神社は、奈良県宇陀市にある由緒正しき神社であり、古代から現代にいたるまで地域の信仰の中心であり続けています。国宝や重要文化財に指定された社殿を有し、祭事や歴史的価値の高い建造物を通して日本の伝統と精神文化を今に伝える貴重な存在です。奈良を訪れる際には、ぜひ立ち寄ってその荘厳な雰囲気と歴史の深さを体感してみてはいかがでしょうか。