於美阿志神社は、奈良県高市郡明日香村檜前に鎮座する、古代の歴史と深い信仰を今に伝える神社です。古くは式内社に列せられ、旧社格は村社に位置付けられていました。かつてこの地には、飛鳥時代に東漢(やまとのあや)氏によって建立された氏寺である檜隈寺(ひのくまでら)が存在し、その跡地に当社が建てられています。
当社の祭神は、東漢氏の祖である阿智使主(あちのおみ)夫妻の二柱とされています。阿智使主は、第15代応神天皇の御代に百済から渡来したと伝えられる渡来人であり、学術や工芸などの高度な技術を携え、古代日本文化の発展に寄与した人物です。
於美阿志神社は、阿智使主を祖と仰ぐ東漢氏の氏神として、また檜隈寺の鎮守社として創建されました。このように、神仏習合の時代背景を反映しながら、長く人々の信仰を集めてきました。
阿智使主の居住地であったこの地には、7世紀後半に東漢氏の手によって檜隈寺が建立されました。やがて檜隈寺は隆盛を極め、平安時代には十三重石塔が建てられ、鎌倉時代には「道興寺」とも呼ばれるようになります。
江戸時代には、於美阿志神社は御霊明神と呼ばれていました。明和9年(1772年)、国学者の本居宣長が当地を訪れた際には、檜隈寺の建物は既に失われ、瓦の破片が点在する荒廃した姿であったと記録されています。
明治40年(1907年)、神社の本殿は檜隈寺跡の地に移築され、現在の姿となりました。古代から続く信仰の場として、新たな形で再興されたことになります。
境内には荘厳な本殿と、参拝者を迎える拝殿があり、歴史を感じさせる静謐な空間が広がっています。
かつての檜隈寺の講堂跡には、礎石が今も残っており、往時の堂宇の規模や構造を偲ぶことができます。
境内には、平安時代後期に造られたとされる十三重石塔が現存していますが、現在は上部が損壊しており十一重となっています。この石塔は檜隈寺の塔基壇跡の上に建てられており、仏教文化の影響を色濃く残す貴重な遺構です。
塔の土台である基壇も保存されており、付近には心礎(しんそ)のレプリカが置かれています。当時の建築技術や宗教観を学ぶ上で貴重な資料といえるでしょう。
その他、社務所をはじめ、歴史ある摂末社も複数鎮座しています。
これらの摂末社は、各地の信仰と融合しながら、於美阿志神社の神域をより一層神聖なものとしています。
明治42年(1909年)に重要文化財に指定された於美阿志神社石塔婆は、その歴史的・文化的価値が高く評価されています。附属品として、ガラス製小壺や青白磁合子、蓋付四耳壺などの供養具もあり、昭和45年(1970年)に追加指定されました。
かつての檜隈寺跡は、国の史跡にも指定されており、古代の宗教施設としての価値を今に伝えています。
これらの祭事は地域の人々に親しまれ、古来より変わらぬ敬神の念と共に執り行われています。
奈良県高市郡明日香村檜前594
最寄駅:近鉄吉野線「飛鳥駅」より徒歩約15分の場所に位置しています。歴史ある明日香の風景を感じながら、ゆっくりと神社までの道を歩くのもおすすめです。
於美阿志神社は、古代の渡来文化や氏族信仰、仏教文化の影響を色濃く受けながら、時代と共に形を変えつつ、今なお多くの参拝者に静かな感動を与えています。明日香村の歴史散策の中で、ぜひ訪れていただきたい神聖な場所の一つです。