およそ1300年前まで平城京が置かれていた古都・奈良。奈良の大仏(東大寺盧舎那仏像)がある東大寺や、聖徳太子ゆかりの法隆寺や中宮寺、天武天皇が建立した薬師寺、藤原鎌足ゆかりの興福寺など、歴史的建造物や文化遺産に溢れています。
また、県南部の吉野エリアには春の桜のシーズンに千本桜が咲き乱れる吉野山や世界遺産としても知られる熊野古道があります。京都・大阪といった都市部からのアクセスもよい観光エリアです。
奈良県観光を楽しむために
およそ1300年前、奈良県には当時の首都である平城京がありました。そのため、歴史的建造物や文化遺産が豊富にあり、有名な奈良の大仏(東大寺盧舎那仏像)がある東大寺には、多くの遺産が所蔵される正倉院があります。
他にも、聖徳太子にゆかりのある法隆寺や中宮寺、天武天皇が建立した薬師寺、藤原鎌足ゆかりの興福寺、不屈の渡来僧鑑真和上建立の唐招提寺、神武天皇・皇后が祀られている橿原神宮、日本最古の神社の一つとされている大神神社、全国の春日神社の総本社である春日大社など枚挙に暇がありません。
一方、県南部には豊かな自然が広がっており、金峯山寺を中心とした寺院が点在する吉野山は、春の桜のシーズンには千本桜などの絶景を見せてくれます。
山深い吉野郡には、世界遺産としても知られる熊野古道(小辺路、大峯奥駈道)が遠く熊野三山へ続いており、瀞峡や谷瀬の吊り橋、五代松鍾乳洞、玉置神社など神秘的なスポットが点在しています。
南部エリアの観光は少し遠出となりますが、十津川温泉や洞川温泉など山の出湯で日頃の疲れを癒すことができる玄人好みの観光エリアです。
奈良県の歴史
石舞台古墳をはじめ有力豪族の墓とされる古墳が多く、奈良の地は古墳時代より有力豪族の本拠地として繁栄していました。大和時代や飛鳥時代には現在の橿原市や高市郡などに都が置かれ、その後、中国にならった本格的な首都、平城京が作られました。
大和朝廷による神道信仰や、国策であった仏教流布の影響から多くの寺社仏閣が作られますが、794年に都は京都に遷都してしまいます。その後、奈良県域は有力な豪族が土地を管理し、南北朝時代には後醍醐天皇が一時的に吉野朝を置きましたが、それ以外に大きな混乱もなく近現代まで歴史の歩みを進めます。
観光地として栄えた奈良は、昨今、大阪へ多くの就労者を供給するベッドタウンとしての性格も見せています。
奈良県のご当地グルメ・食文化・特産品
魚を腐らせずに運搬するために、柿の葉で魚を巻いた柿の葉寿司が有名で、他にも奈良漬などの保存食が今に残っています。また、仏教とともに伝来したといわれる飛鳥鍋は牛乳で具材を煮込む珍しい料理です。その他、胡麻豆腐など僧侶の食事である精進料理を味わうことができます。
手延べ素麺の三大産地の一つ、三輪のそうめんは全国的にも有名なブランドで、喉ごしや腰の強さに優れた名産品です。吉野葛は希少な天然素材として重宝されており、和菓子や日本料理に使われています。また、甘味では赤い宝石と呼ばれるイチゴ「あすかルビー」が生産されており、果実やジュース、スイーツにして楽しむことができます。
お土産には古代から作られてきた乳製品の蘇が人気で、他にも鹿のフンのような形をしたお菓子や、奈良漬をクッキーにした珍品なども売り出しています。また、グルメではありませんが、奈良県は筆や墨の産地としても有名ですので、大切な方へのお土産として候補に加えてみるのも良いかもしれません。
東大寺は奈良市雑司町に位置する、華厳宗大本山の日本仏教寺院です。本尊は奈良大仏として知られる盧舎那仏で、1998年にユネスコの世界文化遺産「古都奈良の文化財」の一部として登録されました。この巨大な寺院は、多くの国宝や重要文化財を保有しています。 創建と大仏造立の経緯 創建の背景 東大寺は、聖武天皇の命により728年に創建されました。最初の寺院は、天平5年(733年)に若草山の麓に建てられた金鐘寺であるとされています。天平13年(741年)には国分寺建立の詔が発せられ、金鐘寺は大和国の国分寺兼総国分寺と定められ、寺名は金光明寺と改められました。 大仏造立 大仏の鋳造が始まったのは天平1...»
有名な高さは50.1メートルにもなる五重塔は730年に創建、現在の塔は1426年の再建されていて、現存する日本の木造塔としては東寺五重塔に次いで高く、国宝に指定されています。 夜にはライトアップされる五重塔は、奈良を代表する美しい景観の一つで、沢池に映る五重塔の風景は素晴らしいものがあります。 古代から中世にかけて興福寺は強大な勢力を誇り、現在の境内と合わせて奈良公園の一部にまたがる旧境内が国の史跡に指定されています。 国宝の建造物である東金堂、五重塔、北円堂、三重塔を含め、彫刻、工芸品など所有する国宝は27件に及び、重要文化財も多数所有しています。 世界遺産「古都奈良の文化財」の8つ...»
四季折々の情緒が感じられる都市公園で、東西約4km・南北2km、660ヘクタールの広大な地域にまたがり、興福寺、東大寺、春日大社、正倉院、奈良国立博物館、若草山、春日山などの名所も含まれています。 公園内には国の天然記念物に指定された約1,300頭の鹿が生息し、春には1,700本ものさまざまな桜が咲き誇る花見の名所としても有名です。また秋にはモミジやイチョウの紅葉も楽しめます。 多くの国宝指定や世界遺産登録物件が点在し、年間を通じて日本国内のみならず海外からも多くの観光客が訪れる、日本を代表する観光地の一つとなっています。 奈良公園の鹿(約1,200頭)や大仏は国際的にも有名で、奈良観光...»
奈良公園内にある美しく歴史にあふれる神社で、全国に約1000社ある春日神社の総本社でもあります。 ユネスコの世界遺産「古都奈良の文化財」の一つに登録されています。旧称は「春日社」、神紋は「下がり藤」。 奈良時代の飛鳥から平城京への都の移転時代から歴史が始まります。768年に平城京の守護と国民の繁栄を祈願するために創建され、中臣氏・藤原氏の氏神を祀っています。 主祭神の武甕槌命が白鹿に乗って現れたとされ、鹿が神使とされています。 境内は古代から神域とされ、御蓋山一帯に広がり、原始林に守られるかのように鮮やかな朱色の社殿が鎮座しています。 現在の本殿は1863年に再建されたもので、春日造...»
創建年代は680年で、法相宗の大本山であり、南都七大寺の一つとして、古刹としても有名な仏教寺院です。 ユネスコによって世界文化遺産「古都奈良の文化財」の構成資産の一つとしてに登録されています。 建立の背景には、天武天皇の皇后病気平癒を祈願するための思いが込められています。 大伽藍は、当時日本随一の壮麗さを誇り、金堂や塔のたたずまいは「龍宮造り」と呼ばれるほど美しかったそうです。 710年の平城遷都に伴い、718年に飛鳥の藤原京から平城京に移されました。その後、973年の火災、1528年の戦国時代の兵火など、数多くの災害により、奈良時代の建物は東塔以外は失われましたが、現在は復興されてい...»
奈良公園の東端にある標高342メートル、面積33ヘクタールの山で、なだらかな山腹は芝生で覆われ、奈良のシンボル的な景観の一つとなっています。 鹿も自由に歩き回っており、春には桜、秋には紅葉やススキなど、四季折々の風景が堪能できます。 山頂からは東大寺の大仏殿や興福寺の五重塔、奈良市街を一望でき、晴れた日には、遠くの大和三山や生駒山も望むことができます。 山頂には5世紀頃に築造されたとされる鶯塚古墳があり、古くから「鶯山」とも呼ばれています。 一重目、二重目、山頂(三重目)と丸い丘が3つ重なったような形状をしており、「三笠山」とも呼ばれ、江戸時代には南都八景の一つとして「三笠山雪」が有名...»
奈良公園の東端にある標高342メートル、面積33ヘクタールの芝生で覆われた若草山でおこなわれる山焼きは、古都奈良の春の訪れを告げる伝統的な行事です。 山腹が炎に包まれる様子は壮観で、夜空を燃え立たせる迫力は、まさに炎の祭典といえるほど、目を見張る美しい光景です。 毎年1月の第4土曜日に行われ、山麓では午後から様々なイベントや式典が行われます。 そして、山焼き直前には大きな花火が打ち上げられ、澄みきった冬の夜空に色とりどりの光が踊ります。 山焼きは、江戸時代以前から行われていたそうですが、正式な行事になったのは明治時代になってからで、夜間に行われるようになったのは明治後半からです。 山...»
万葉集に詠まれた宣寸川(吉城川)に隣接した日本庭園。この庭園は地形の起伏と曲線を巧みに取り入れて造られ、春日山と若草山を背景に、杉苔と紅葉が美しく調和しています。 園内には大正期の近代和風住宅「旧正法院家住宅」とかや葺きの木造平屋建ての「離れ茶室」があり、茶室は野点も楽しめ、茶会に利用することができます。 茶室の東側は、杉苔で覆われた静かな場所で、周りには紅葉が植えられ、春には新緑、秋には紅葉が美しい彩りを添えています。 この庭園には、池の庭、苔の庭、茶花の庭があり、池の庭は江戸時代からの自然の地形を活用して造られ、西に建つ旧正法院家住宅と一体になっています。 苔の庭は、全体が杉苔で覆...»
奈良公園にある周囲360メートルの猿沢池は、興福寺五重塔と池の柳が水面に映り、美しい風景を作り出します。 その美しさから南都八景のひとつに選ばれた名勝地でもあります。 猿沢池は、749年に興福寺によって作られた人工池で、万物の生命をいつくしみ、捕らえられた生き物を野に放つ宗教儀式「放生会」の放生池です。 北側には奈良県景観資産に指定されている五十二段と呼ばれる石段と興福寺五重塔、すべり坂があります。 中秋の名月の日には、「采女祭」という華やかな行事が行われます。雅楽が演奏されるなか、秋の七草で飾られた2メートルあまりの花扇、花扇使、ミスうねめ、ミス奈良を乗せた管絃船が猿沢池をめぐり、最...»
国の名勝に指定された広大な面積を誇る池泉回遊式庭園で、前園と後園の二つに分かれており、それぞれ異なった景色を楽しめます。 前園は江戸時代の1673年に奈良晒の御用商人であった清須美道清によって作られたもので、庭園内には茶室の三秀亭、挺秀軒、清秀庵などがあります。 後園は明治時代に実業家の関藤次郎により築かれたもので、若草山、東大寺南大門、春日山、御蓋山を借景とし、美しい緑の樹々の中に茶室が点在しています。 いずれも吉城川の水を引き入れていて、面積11,000平方メートルの奈良でも屈指の日本庭園です。 また、入口付近には古代中国の青銅器や朝鮮の高麗・李朝の磁器、日本の茶道具などを展示する...»
国指定の名勝に指定されている日本庭園「依水園」の中に併設された美術館です。 古代中国の青銅器、古鏡、古銅印、拓本、中国・高麗・李朝・日本の日本の書画・茶陶器など2千数百点を収蔵していて、重要文化財に指定されている田能村竹田の画帖「亦復一楽帖」の紙本淡彩1帖(13図)が含まれます。 広大な敷地面積1万1000平方メートルの池泉回遊式庭園は、江戸時代前期に作庭された「前園」と明治時代の「後園」から成り立っています。依水園と寧楽美術館は、共通して入ることができます。...»
奈良公園内の東大寺大仏殿の北北西に位置する、校倉造りの大規模な正倉(高床倉庫)です。 759年頃に建てられたこの宝物庫は、今もその姿を保ち、戦火や天災で被害を受けることなく現代に伝えられています。 聖武天皇や光明皇后ゆかりの品をはじめ、天平文化(8世紀の中頃までをいい、奈良の都平城京を中心にして華開いた貴族・仏教文化)を中心とした美術工芸品が所蔵されていました。 宝物の9割以上は、日本で作られた異国風のデザインが採用されたものです。ただし、中国(唐)や西域、ペルシャなどからの輸入品も多くあり、シルクロードの東の終点とも言われています。 絵画・書跡・金工・漆工・木工・刀剣・陶器・ガラス器...»
奈良公園の南端、浮見堂と鷺池の南側に広がる、広さ約1.3ヘクタールの庭園。 明治時代から大正時代にかけて大阪財閥である山口家が作庭した庭園で、瑜伽山と鷺池などが一体となる絶景の地として国指定文化財「名勝 奈良公園」に指定されています。 小見寺八山などの画家や茶人が庭園や茶室で文化的な交流を楽しむ場所でもありました。 奈良の美しい眺望や様々な庭園様式、石灯籠などに施されたディテールなど、芸術家たちが愛でたものがたくさんあります。 さらに、園地西側には山口家が建てた茶室「䕪庵(たくあん)」があり、予約すれば利用することができます。 庭園には、浮見堂と鷺池の南側から無料で入園できます。志賀...»
仏教美術を中心とした彫刻、絵画、書跡、工芸、考古などの名品が収蔵され、特になら仏像館(旧本館)には、国宝・重要文化財を含む約100体の仏像が常時陳列されています。 なら仏像館の建物は、赤坂離宮(迎賓館)なども手がけた明治時代の宮廷建築家・片山東熊により1894年に設計された西洋建築の代表的な建築として、重要文化財に指定されています。 なら仏像館・青銅器館・東新館・西新館、そして地下回廊など、多くの展示施設を備えており、東西新館では、春夏には特別展示が開催され、秋には例年「正倉院展」が行われています。 国宝13件や重要文化財114件など、合わせて1,911件の収蔵品を誇り、館蔵品のほかにも...»
極楽坊としても知られる元興寺は、日本最古の本格的な仏教寺院である法興寺(現在の飛鳥寺)を母体とする寺院の一つで、南都七大寺の一つと呼ばれた歴史的な寺院です。 奈良時代の建築である本堂と禅室は国宝に指定され、智光曼荼羅や五重小塔など多くの寺宝を有しています。 「古都奈良の文化財」の8つの資産群の1つとして、世界遺産に指定されています。 6世紀末、蘇我馬子が飛鳥に建立した日本最古の本格的な仏教寺院である法興寺(現在の飛鳥寺)は、平城京遷都に伴い平城京内に移転しました。 奈良時代には、東大寺、興福寺と並ぶ大寺院の一つでした。中世以降は衰退し、3つの寺院に分かれ、その1つが旧称「元興寺極楽坊」...»
平城宮は710年、藤原京からの遷都に伴い、その中心地となりました。 天皇の住まいである内裏、儀式を行う朝堂院、役人が執務を行う官衙からなり、総面積は約120ヘクタールに及びます。 しかし784年には遷都が長岡京に移り、放置され、次第に農地と化していきました。 平城宮跡は国の特別史跡として、長年にわたり遺跡の調査が進められ、歴史公園として建造物の復元と整備がされました。 世界遺産「古都奈良の文化財」の構成資産の一部であります。 公園の南側エリアには、最も重要な門であった朱雀門、遣唐使船が復元されています。 「平城宮いざない館」では、平城宮の往時の姿や生活文化を映像や出土品、建造物の大...»
光明皇后が聖武天皇の病気平癒を祈って747年に創建したと言われています。 新薬師寺という名前には、「霊験新たか」という意味が込められています。 かつては南都十大寺の一つとして数えられており、平安時代以降は規模が縮小しましたが、国宝の本堂や奈良時代の十二神将像をはじめ、多くの文化財を伝えています。 創建当時の金堂はとても大きく、数多くの如来像や菩薩像が祀られていました。 しかし、平安時代の暴風で金堂と中の仏像が倒壊し、東の高い場所にあったお堂が本堂と呼ばれるようになりました。 この本堂で他の建物を転用ですが、遺構の少ない奈良時代の建造物として貴重で、古代建築様式を残す唯一の建造物として...»
律宗の総本山で、盧舎那仏(国宝)を本尊とするお寺です。創立は759年、唐の僧・鑑真であり、朝廷から譲り受けた皇族の旧宅跡を寺としました。鑑真が晩年を過ごした場所でもあります。 奈良時代に建てられた現存唯一の金堂(国宝)をはじめ、建造物・絵画・彫刻・工芸品などの多くの文化財を所蔵しており、唐招提寺旧境内は国指定の史跡です。 古都奈良の文化財の一部として、ユネスコによって世界遺産に登録されています。 鑑真 鑑真が唐から日本に渡ったのは、753年のことでした。当時、日本には「戒律」という仏教の規則を守るための正式な僧侶がいなかったため、承認を経ていない私的な僧が増え、社会秩序の乱れにつながっ...»
鷺池に浮かぶ檜皮葺き(ひわだぶき)、六角形のお堂は池の水面に映る姿が美しく、水辺の憩憩いの場としても人気です。 浮見堂は1916年に建てられ、1994に再建されました。夜間はライトアップされます。 周辺の桜やサルスベリも見事で、秋には紅葉と浮見堂の美しい風景が見られます。 国の名勝であり、東大寺、興福寺、春日大社と国宝指定・世界遺産登録物件が点在する奈良公園にある浅茅ヶ原園地(あさじがはらえんち)内です。 浅茅ヶ原園地には古くからの梅の名所である片岡梅林もあり、250本の梅の木が2月下旬から3月中旬頃で花を咲かせます。...»
広大な境内に楼門・庫裏・本堂など藤原・鎌倉時代の建築物や数多くの重要文化財を誇る古刹です。 八十八箇所道が竜王山中腹の奥の院まで巡らされており、境内は四季折々の美しい花々で彩られており、特に4月下旬から5月上旬にかけて咲く平戸つつじの美しさは圧巻です。 かきつばたも5月中旬から下旬にかけて本堂前の池に咲き、水面にその清楚な姿を映し見る人の心を和ませます。 秋には紅葉が美しく、古くから歌や和歌にも詠まれている名所です。また、庫裏では名物の三輪そうめんを食べることができます。 長岳寺は、824年に淳和天皇の勅願により、空海が大和神社の神宮寺として開いたと伝えられる由緒ある寺院です。 盛時...»
氷に深く関わる神社であり、その信仰の場でもあります。 吉城川上流の春日山に建てられた氷室(氷の貯蔵庫)に、奈良時代710年に元明天皇の勅命により、氷の神を祀ったことから始まりました。 春日野にある氷池で厳寒に結氷させた氷を氷室に蓄え、平城京に納めていました。 平安遷都後は廃止され、氷室神社は860年に現在地へ奉遷され、社殿は1217年に建てられたとされています。 氷を扱う業者より信仰が深く、毎年5月1日には献氷祭が行われています。この神事では舞楽、神前には高さ1メートルの鯉や鯛が封じ込められた氷柱が奉納されます。 毎月1日には氷の灯篭が灯される氷献灯がおこなわれ、幻想的な雰囲気が漂い...»
日本に現存する最古の道として知られる「山の辺の道」の途中にあり、布都御魂大神を祀る古社です。幕末から明治時代には「いわがみさん」と呼ばれいました。 日本書紀には、神宮として記されているのは伊勢神宮と石上神宮だけであり、その中でも最も古い神宮が石上神宮であることが記述されています。 日本書紀は、奈良時代に成立した日本の歴史書・神話で、最も古い史書の1つ。720年に完成したと言われています。 石上神宮の拝殿は、現存する日本最古の拝殿として知られ、1081年に白河天皇が皇居の神嘉殿を拝殿として寄進したとの伝承があります。 仏堂風の外観を持ち、入母屋造、桧皮葺きで、平安時代の手法も一部に用いな...»
かつて豊臣政権の1585年に豊臣秀吉の異父弟である羽柴秀長の居城となり、その領国だった大和・紀伊・和泉100万石の中心地でもありました。 江戸時代には、郡山藩の藩庁が置かれていました。現在は国の史跡に指定されています。 郡山城の初見は、郡山衆が雁陣の城を築いたという記録にあり、10世紀後半にさかのぼります。 城は、織田信長の時代に筒井順慶によって整備され、豊臣秀吉の時代には豊臣秀長が100万石の居城として大幅に拡張されました。 奈良には良質な石材が少なかったため、寺院の石地蔵や墓石、仏塔なども石垣石として使用されました。 郡山城の石垣には、平城京の羅城門の礎石と伝わる石や、8世紀ごろ...»
標高642mの奈良県と大阪府にまたがる生駒山の頂上にある遊園地。夏は納涼で、犬猫をはじめとした小動物とふれあえるペットふれあいの森や、大回転するフライングカーペットなど30以上の遊戯施設があります。 1929年に開園したこの遊園地は、国内最古の大型遊具「飛行塔」(高さ30メートル)があり、大阪平野や奈良盆地、山城盆地が一望できます。 おすすめは山肌を縫うように走るジェットコースターで、山の高さの分だけ、他の遊園地よりもスリルが味わえます。 小さなお子様を持つファミリーには、休日には「キャラクターショー」や「ヒーローショー」も行われており、キッズが楽しめるアトラクションがたくさんあります。...»
宝山寺の正式な漢字は寳山寺で、鎮守神として聖天を祀っていることから生駒聖天、生駒の聖天さんとも呼ばれています。 役行者(役小角)の修験場であったとされる生駒山の中腹にあり、商売の神様を祀る日本三大聖天の一つ、聖天信仰で知られ、現世利益を求める人々の信仰を集めています。 麓から続く参道の階段は奥の院まで含めると1,000段余りあり西日本有数の規模を誇っています。 毎月1日と16日には、商売繁盛を祈願する「歓喜天御縁日」が開かれ、多くの参拝客でにぎわいます。 標高642mの奈良県と大阪府にまたがる生駒山は、役行者による鬼退治の伝説で知られ、空海(弘法大師)も修行したと伝わり、滝の修行場や祠...»
日本最古の神社の一つで、三輪山を御神体とする大和国一の宮。神社の本殿は存在せず、神体山である三輪山を直接拝む形式をとっています。 直接拝むため本殿を持ちません。三輪明神と呼ばれ、明治時代になり大神神社に改名されました。 山中には奥津磐座、中津磐座、辺津磐座の3つの磐座(いわくら)があり、古神道(原始神道)の形態を残しています。磐座は儀式の依り代としての岩に対する信仰です。 現在の拝殿は1664年、江戸幕府の第4代征夷大将軍である徳川家綱の時代に再建されたもので、国の重要文化財として指定されています。 それ以前は三ツ鳥居と瑞垣が巡らされただけでした。拝殿奥にあるる重要文化財に指定された三...»
信貴山の山腹に建てられた毘沙門天を本尊とする寺院で、信貴山寺とも呼ばれています。 寅の寺とも呼ばれ、境内には虎がいっぱいいます。入り口には電動で首が動く世界最大の大きな張子の虎があります。 また、信貴山は、全山が一面にピンク色の桜で染まるお花見の名所で、境内には2,000基もの石灯籠があり、桜の時期には日没とともに灯りがともるため、情緒たっぷりのお花見が楽しめます。 詣や寅まつり(2月下旬)などで多くの参拝客で賑わいます。また、境内には鳥居が並び、神仏習合の名残を残しています。 伝承では聖徳太子が582年に寅の年、寅の月、寅の日、寅の刻に四天王の一つである毘沙門天を感得しました。 後...»
竜田川沿いに総延長約2kmにわたって広がる面積14haの河川敷緑地にある都市公園です。 平安時代の歌人・在原業平が詠んだ「ちはやぶる 神代も聞かず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは」という一首をはじめ、百人一首の能因法師「嵐ふく 三室の山の もみじ葉は たつ田の川の 錦なりけり」など、数多くの歌人に詠まれた古くから歌人たちに愛された紅葉の名所。 公園内には標高82メートルの三室山があり、山頂まで整備された遊歩道があります。 紅葉シーズンには、イロハモミジ、ヤマモミジ、トウカエデなどの紅葉を楽しみながら散策することができます。 また、春には三室山の約数百本の桜、初夏には新緑と四季折々...»
聖徳太子により推古天皇の時代607年に創建とされる、古代寺院の姿を現代に伝える仏教施設。創建当時は斑鳩寺と呼ばれ、後に法隆寺と改称されました。 境内の広さは約18万7千平方メートルにも及び、金堂や五重塔を中心とする西院伽藍、夢殿を中心とした東院伽藍に分かれています。 西院伽藍は、現存する世界最古の木造建築物群であり、東院伽藍も古代建築の貴重な例とされています。 さらに、法隆寺は飛鳥・奈良時代の仏像や仏教工芸品など多数の国宝や重要文化財を所蔵しています。 「法隆寺地域の仏教建造物」としてユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録され、日本で最初の世界遺産になりました。 国宝に指定されている金...»
本殿、十三重塔、権殿などには美しい極彩色が施され、関西の日光とも称されています。 本殿は、三間社隅木入の春日造は珍しい作りで、日光東照宮造営の手本とされたといわれています。 世界唯一の現存する木造十三重塔は、1532年に再建され、高さ17メートルあり圧巻。 談山神社は、藤原鎌足が謀を談じた山に建てられ、大化改新の発祥地としても知られています。談山の名の由来は、大化の改新の談合をおこなった山からとされます。 以前は妙楽寺(みょうらくじ)と呼ばれる寺院でしたが、神仏分離令により、妙楽寺は廃寺になり、藤原鎌足を祀る談山神社として改称されました。 しかし、現在でも神社には寺院建築が使用されて...»
初瀬山の中腹にある長谷寺は、牡丹の名所として知られており、4月下旬から5月上旬には、150種以上、7000株もの牡丹が満開になります。 古くから「花の御寺」と称され、『源氏物語』『枕草子』『更級日記』など多くの古典文学に登場しています。 また、「二本の杉」は『源氏物語』にある玉鬘の巻のエピソードで言及され、現在も境内に残っています。 「長谷寺」を名乗る寺院は日本各地に数多くあり、他と区別するため「大和国 長谷寺」「総本山 長谷寺」と呼称することもあります。 西国三十三所第8番札所であり、輪違い紋を寺紋としています。 寺伝によれば686年に創建されたとされています。初瀬山の西の丘に、僧...»
本尊は「三人寄れば文殊の知恵」という言葉で知られる智慧を司る仏の文殊菩薩で、日本三文殊の一つとして知られる寺院。 多くの人々が入試合格祈願や学業成就、厄除け魔除けを願いに訪れています。 この寺で陰陽師・安倍晴明が陰陽道の修行をしたともいわれ、境内には晴明堂や安倍晴明の母親とされる白狐の信太森葛葉稲荷を祀る稲荷神社があります。 本尊は、鎌倉時代を代表する仏師・快慶の作で、獅子に乗った高さ7メートルの巨大な仏像の文殊菩薩を中心とした四人の脇侍を伴う渡海文殊群像は、国宝に指定されています。 広大な境内には、縁結びの神としても有名な重要文化財の白山堂、特別史跡の西古墳(安倍氏一族の墓の墓)、そ...»
中央集権律令国家の誕生の地である日本の古都「飛鳥」の自然と文化遺産を守り、飛鳥時代(592年 – 710年)の歴史を伝える公園。 飛鳥時代の史跡が多く発掘されていている総面積が約60haある公園内は、「高松塚周辺地区」「石舞台地区」「甘樫丘地区」「祝戸地区」「キトラ古墳周辺地区」の5つのエリアがあり、それぞれの特徴を活かした公園づくりをおこなっています。 高松塚周辺地区には、飛鳥歴史公園館、男女群像の壁画で有名な高松塚古墳、模写壁画を鑑賞できる高松塚壁画館、星宿をモチーフにした星宿広場があります。 このエリアはアクセスが良く、飛鳥の玄関口として公園館では飛鳥の史跡や施設を紹介しています。...»
6世紀末から7世紀初めに飛鳥時代の大臣である蘇我馬子が発願し、建立された本格的な伽藍を備えた日本最古の寺です。 現在の本堂は江戸時代末期1826年に再建されたもので、本堂の中には、日本最古の仏像である「飛鳥大仏」と呼ばれる本尊で銅造の釈迦如来坐像が祀られています。 この仏像は7世紀初頭609年に作られたもので、像高は275.2センチメートルあり、重要文化財に指定されています。 また、この場所は大化の改新を起こした中大兄皇子と中臣鎌足が出会った場所としても知られています。 飛鳥寺には、いくつかの呼び方があります。法号は「法興寺」または「元興寺(がんごうじ)」であり、平城遷都と共に現在の奈...»
飛鳥歴史公園内にある、日本最大の方墳です。古墳時代後期の貴重な古墳で、国の特別史跡に指定されています。 被葬者ははっきりしていませんが、飛鳥時代の大臣である蘇我馬子の墓である可能性が高いと考えられています。 古墳は全体的に四角形で、周囲には幅5.9-8.4メートルの空堀がめぐり、外側には幅約7.0メートルの外堤が設けられています。 墳丘の盛土は失われ、方形の古墳の中央部に巨大な岩で構成された石室が露出しているという独特の形状をしています。 玄室は長さ約7.7メートル、幅約3.5メートル、高さ約4.7メートルの豪壮なスケールで、70トン級の花崗岩30以上が積み上げられ、その総重量は推定で...»
正式名称は南法華寺(みなみほっけじ)ですが、通称の壺阪寺(つぼさかでら)で知られる、奈良盆地を一望できる高取山の中腹にある寺院です。 703年に創建といわれる屈指の古刹で、西国三十三ヶ所の6番札所であり、全国各地から多くの参拝者が訪れています。 眼病封じの寺として信仰されており、秋にはめがね供養会法要が行われます。 境内には、やまぶきや桜、ラベンダーなどが色鮮やかに咲き誇り、香りでも楽しませてくれます。秋には紅葉の美しい景色が広がります。 清少納言も『枕草子』の中で「寺は壷坂、笠置、法輪」と、霊験の寺の1番に名をあげ、賞賛しているほどです。 また、1875年ごろに書かれた歌舞伎の演目...»
大峯山から流れる山上川の下流域にある渓谷で、大小の滝が流れ落ちる巨石や奇石に囲まれた美しい景観は、四季折々の景色を楽しむことができます。 新緑が輝く春、水しぶきに川サツキが彩りを添える夏、近畿地方で随一と言われる秋の紅葉、山水画のような冬と、その美しさは四季を通じて訪れる人々を魅了しています。 約7キロメートルの遊歩道が川沿いに整備され、吊り橋からは滝を見下ろすことができます。 暑い夏でも心地よく歩ける遊歩道で、透き通る川や豊富な種類の木々がつくる大自然の景観と心地よさを感じながら爽やかに体を動かしましょう。 神秘的な淵は、エメラルドグリーンに輝いており、圧巻の美しさを誇ります。 渓...»
熊野川の源流ともなっている山上川のほとり、標高820メートルの冷涼な高地で、関西の軽井沢と呼ばれるほど、涼しく爽やかな気候が魅力です。 洞川温泉街は、大峯山・山上ヶ岳や女人大峯・稲村ヶ岳の登山口になっています。 大峯山は修験者が登る女人禁制の山で、夏には山上ヶ岳の蔵王堂を目指す参拝客や修験者で賑わいます。 温泉街は、修験道の隆盛とともに大峯信仰の登山基地として発展してきました。 町並みは、どこか懐かしく、純和風木造建築の旅館や民宿、土産物店、陀羅尼助丸を製造販売する店が立ち並び、昭和時代にタイムスリップしたような独特の雰囲気が楽しめます。 陀羅尼助(だらにすけ)は和漢薬の元祖と言われ...»
豊かな表情を見せる鍾乳石や石筍が神秘的で美しい鍾乳洞です。全長170mで、最大の洞穴は直径約5~6m、高さ10m以上です。 標高878mの高地に位置しており、洞内は一年中、8度の温度が保つ自然の冷蔵庫となっており、最深部には不動尊の石仏が安置されています。 洞川の里を見下ろす高台の地底に広がる鍾乳洞は、関西最大クラスの規模を誇ります。 洞内には、ドーム状の天井から鍾乳石が、地面からは石筍がのび、様々なオブジェを形成し、美しくも神秘的な地下宮殿が広がります。特に貴重なストロー鍾乳管(ストロー状の鍾乳石)が見られます。 「ドロッコ」という愛称のモノレールで向かうのも楽しみのひとつです。 ...»
天河神社とも呼ばれ、厳島、竹生島と並び日本三大弁財天のひとつです。弁才天女(市杵島姫命)、熊野権現、吉野権現が祀られています。 神仏習合の形態を今でも残しており、大峰山脈の最高峰である弥山の麓にある神社は吉野熊野中宮(吉野と熊野の中閒にあるため)あるいは吉野総社として、大峯修験の中心地としても知られました。 かつては修験者や高僧たちが集まる場所としても知られていました。特に弘法大師・空海が籠った後は、多くの人々が大峯参りや高野詣でとともに訪れるようになりました。 水の精である弁財天女は、音楽や芸能の神様としても有名です。現在も芸能関係の参拝が多く、京都の観世界で行われる能の奉納や、能面や...»
十津川(熊野川)に架かる生活用の吊り橋で、全長297.7メートル、川面からの高さは54メートルあり、生活用吊橋として日本一の長さを誇ります。 歩くたびにゆらゆらと揺れるためスリル感が人気を呼び、村の観光名所の一つとして知られています。 特に、ゴールデンウィークやお盆期間中は、一方通行規制が行われるほど大勢の人で賑わいます。 周囲を囲む山々と十津川の清流が織りなす景色を眺めながら、スリル満点の空中散歩が楽しめます。 1954年に架橋され、当時は日本一長い歩道吊橋でしたが、1994年に茨城県の竜神大吊橋にその座を譲りました。 吊り橋の中央部には幅約80センチメートルの板が、鉄線と30セン...»
奈良県北中部に位置する、天理市発祥の白菜を主体とした野菜の具が特徴の「スタミナラーメン」と呼ばれるご当地ラーメン。豚骨や鶏ガラをベースにした濃厚スープに、にんにくや豆板醤で刺激のある味付けに仕上げ、具材には炒めた白菜や豚肉、そして天理ラーメンにおいて不可欠な”にら”が使われる。味は濃厚かつピリ辛で、典型的なこってりラーメン。 現在では、奈良県内のラーメン店では「スタミナラーメン」の名称で、天理ラーメンを提供している店がほとんどで、定食屋でも提供する店もある。関西一円にも天理ラーメンの店舗が展開しており、ボリュームもたっぷりのラーメンが手軽に味わえる。 1968年(昭和43年)に奈良県で屋台...»
一口大の酢飯にサバや鮭、小鯛などの切り身をのせ、防腐効果の高い香り豊かな柿の葉で包んだ押し寿司。箱を開けた時、几帳面に収まった寿司が印象的だ。江戸時代、保存がきかないサバなどの魚は、塩でしめられた状態で奈良に届いた。塩でしめられたサバをにぎり飯にのせて、柿の葉にくるみ、石を重しにして作ったのが始まりとされる。すし飯に使われているのは、粘りが弱く、ほどよい硬さを持ち、寿司米に好適といわれる滋賀県産の近江米“日本晴”。“サバ”は、古くから伝えられてきた柿の葉寿司の定番の味で、酢でしめたサバの切り身をのせたもの。青魚特有の風味が苦手な方は、あっさりと頂ける“サケ”や、淡泊でありながら滋味豊かな旨みの...»
奈良漬けとは、奈良が発祥と言われるている、粕漬けのひとつ。白うり、きゅうり、すいか、しょうがなどを塩漬けにした後、何度も酒粕に漬けかえて長期間発酵させてできる漬物だ。高級な漬物として有名だが、江戸時代に幕府への献上や、東大寺を参拝に訪れる人々や商人によって普及し、庶民にも広まっていった。抗酸化作用やビタミン類の吸収を助ける働きがあるといわれており、定番のうなぎの蒲焼との組み合わせは、脂っこい後味をさっぱりさせる効果があり、科学的にも理にかなった食いあわせのようだ。 奈良漬けは、平城京の跡地で見つかった長屋王木簡に「進物加須津毛瓜加須津韓奈須比」という記録があり、貢納品伝票にも登場しています。...»
米を茶で炊いたおかゆ(お粥)で、奈良の郷土料理である茶粥。米の他に野菜や芋、豆を入れることがある。地域によって自家製の番茶、ほうじ茶、粉茶が用いられ、塩加減も異なる。昔から「おかいさん」の愛称で親しまれ常食となっていた。茶の産地だった奈良では、上納後に残った茶を使って粥を炊いたことが、茶粥の始まりともいわれている。また、お水取りで有名な東大寺の練行僧に出される茶飯から広まったという説もある。のちに庶民の常食となった茶粥は、主に朝食のメニューとして親しまれていた。大和茶の風味と、さらっとした粘りがない食感が特長で、家庭によっては漬物や佃煮をトッピングするという。奈良ではスーパーなどで茶粥用の茶が...»
牛乳ベースの汁で味わう鍋料理。飛鳥時代に唐から来た渡来人の僧侶が、寒さをしのぐためにヤギの乳で作った鍋料理が最初といわれている。鶏がらのダシ汁に白味噌と牛乳をたっぷり加え、鶏もも肉、にんじん、ささがきごぼう、白ねぎ、大根、もやし、しいたけ、白菜、水菜、豆腐、糸こんにゃくなどを煮こむ。食べる際は、しょうがや一味唐辛子などを加え、溶き卵につけるのが一般的だ。牛乳のにおいも強くなく、味はまろやか。あっさりしているのにコクもあり、栄養も満点だ。 「飛鳥鍋」は、奈良県の伝統料理で、鶏肉と野菜を牛乳とだし汁で煮込んだものです。 飛鳥時代に唐からの使者が伝えた乳製品が、孝徳天皇に献上され、喜ばれたことが...»
にゅうめんとは、素麺を温かいダシで食べる料理で、全国的に知られてはいるが奈良県が発祥の郷土料理。そうめんは奈良時代に唐(中国)の国から伝来した手法で、神話の三輪伝説から大和の中央にある三輪山麓が発生の地といわれ、現在も三輪そうめんとして有名。にゅうめんは、漢字で書くと「煮麺」となるが、その字の通りそうめんを煮たもので、冬は温かく、夏は冷やして季節の具を上に飾る。にゅうめんには、県産三輪素麺の中でも製造から1年以上経過したコシのある涸物(ひねもの)が適している。 奈良県桜井市三輪は、素麺の発祥地として知られ、ここで作られる素麺は「三輪素麺」と呼ばれています。1200年以上前、日本最古の神社であ...»
飛鳥時代に大陸から伝わったとされる「薬」には、漢方の元となった生薬などの他に、貴重な食材や栄養価の高い食材を使った料理なども含まれていた。それらの料理は、今でも現代風のアレンジが加えられて“薬膳料理”として食べられている。薬膳料理は全国各地で作られているが、“赤米”“蘇”をはじめとした、古代から伝わる様々な料理・食材が残る奈良県では、太古の貴族の食を再現したような薬膳料理が楽しめる。いにしえの都で歴史に思いを寄せながら、健康食を味わってみてはどうだろうか。...»
奈良茶飯は、米と炒った大豆を茶で炊いたもの。起源は、東大寺と興福寺の寺領から納められる上茶を煎じて、二番茶に塩を加えて米を炊き、一番茶に浸けて食べたと伝えられる。東大寺二月堂の修二会(お水取り)の練行衆の食事に茶がゆとともに献立の中に記録が残されており、僧坊では古くから食されていたが、江戸時代には庶民の間に広まり、各地に茶飯屋があったという。また、俳句の句会などでも昔から好んで食されてきた。炒った大豆の他に黒豆、カチグリなどを加えたものもある。 奈良茶飯(ならちゃめし)は、奈良県の伝統料理であり、炊き込みご飯の一種です。少量の米に、炒った大豆や小豆、焼いた栗、粟などの穀物や季節の野菜を加え、...»
ユーモラスな亀の形をした、奥明日香産生芋100%の手作りこんにゃく。大正7年創業の老舗「徳星醤油」の木樽でじっくり熟成させた濃口醤油や、明日香村産鷹の爪などを加えて、ピリ辛風味に仕上げました。有機農法で育てた生芋をすりつぶして、低い温度からじっくり加熱。一晩熟成させるから、さっくりと心地よく、しこしことした弾力のある食感に。こんにゃく本来の濃厚なうまみや香り、歯ごたえを存分にお楽しみください。奈良県立万葉文化館のすぐ隣にあるお土産&軽食処「飛鳥の郷 万葉人」にて販売。...»