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薬師寺

(やくしじ)

平城京にゆかりのある南都の名刹

薬師寺は、奈良県奈良市西ノ京町に位置する法相宗の大本山であり、南都七大寺の一つに数えられる日本仏教史上きわめて重要な寺院です。開基は天武天皇と伝えられ、都が藤原京から平城京へと遷る激動の時代を背景に、国家鎮護と人々の病苦平癒を願って建立されました。山号を持たない珍しい古刹で、本尊には薬師三尊像を祀り、古来より朝廷の篤い崇敬を受けてきました。1998年には「古都奈良の文化財」の構成資産としてユネスコ世界文化遺産に登録され、その雄大な伽藍(がらん)は奈良時代の仏教美術・建築を今に伝えています。古代からの仏教文化を今に伝える名刹として、奈良を代表する寺院の一つとされています。

白鳳の美と祈りが息づく奈良・西ノ京の名刹

薬師寺は山号を持たない点も特徴的で、これは国家的寺院としての性格の強さを示すものとされています。現在の伽藍は、古代伽藍の復元と現代の保存技術を融合させた姿で整えられており、訪れる人々に日本仏教建築の壮大さと美しさを実感させてくれます。

白鳳伽藍と復興された壮麗な建築群

薬師寺の中心となるのが白鳳伽藍です。境内中央に立つ金堂は1976年に再建された建物で、内部には国宝である薬師三尊像が安置されています。金堂再建にあたっては、伝統的な木造技法を重んじる立場と、現代的な耐震・耐火性を重視する立場が真剣に議論され、内陣にのみ鉄筋コンクリートを用いるという折衷的な方法が採られました。この背景を知ることで、現代における文化財保存の難しさと真摯な姿勢を感じ取ることができます。

金堂の東にそびえる東塔(国宝)は、奈良時代建立の三重塔で、「凍れる音楽」と称されるほど優美な姿で知られています。一方、西側には1981年に再建された西塔があり、東塔と左右対称に配置されることで、薬師寺伽藍の美しい均衡を生み出しています。西塔は、伝統工法を最大限に尊重しつつ再建されたもので、長い年月を経て東塔と同じ高さに落ち着くよう計算されている点も、訪問者の興味を引く見どころです。

学びと信仰の場としての大講堂と諸堂宇

2003年に再建された大講堂は、伽藍最大の建造物で、かつて僧侶たちが仏教教学を学んだ場です。堂内には弥勒三尊像(重要文化財)をはじめ、仏足石仏足跡歌碑といった国宝も安置され、仏教美術と信仰の深さを同時に体感することができます。

また、境内東側に位置する東院堂(国宝)は、鎌倉時代再建の建物で、本尊として聖観音立像(国宝)を安置しています。この観音像は「白鳳の貴公子」と称されるほど気品に満ちた姿で、日本彫刻史上屈指の名作として高く評価されています。

玄奘三蔵の精神を今に伝える玄奘三蔵院伽藍

薬師寺の北側には、現代に整備された玄奘三蔵院伽藍があります。ここには、インドへ命がけで渡り仏典をもたらした玄奘三蔵を顕彰する玄奘塔が建てられ、玄奘の遺骨であるご頂骨・真身舎利が祀られています。

隣接する大唐西域壁画殿には、日本画家・平山郁夫が30年をかけて描いた壮大な壁画が収められています。シルクロードを舞台にした玄奘の旅が絵画として表現されており、宗教芸術と現代美術が融合した感動的な空間となっています。

休ヶ岡八幡宮と神仏習合の歴史

薬師寺の南側には、鎮守社である休ヶ岡八幡宮が鎮座しています。創建は平安時代とされ、明治の神仏分離後も薬師寺の鎮守として存続してきました。本殿・脇殿などは重要文化財に指定されており、神仏習合の歴史を今に伝える貴重な存在です。

歴史的背景

飛鳥から平城へ ― 薬師寺の誕生と移転

薬師寺の創建は、天武天皇9年(680年)、皇后(後の持統天皇)の病気平癒を願って始まりました。創建当初の場所は現在の奈良県橿原市城殿町、当時の都・藤原京にありました。この寺は、薬師如来の慈悲と癒しを象徴する祈りの場として、国家的な事業として建設されました。

天武天皇は寺の完成を見届けることなく686年に崩御し、その意志は持統天皇や文武天皇へと引き継がれ、伽藍の整備が進められました。

平城京遷都と新たな薬師寺の建設

710年、奈良時代の都・平城京への遷都に伴い、薬師寺も現在の奈良市西ノ京の地へと移転されました。文献や木簡の出土から、移転は養老年間(717年~724年)にかけて進められたとされています。

新たな薬師寺は、藤原京の本薬師寺を模して建てられ、「薬師寺式伽藍配置」と呼ばれる伽藍構造を踏襲しています。これは、中央に金堂を据え、前方に中門、後方に講堂を配し、金堂の両脇に東西の塔を置き、回廊がそれらを囲むという構造です。

飛鳥の本薬師寺のその後

平城京への移転後も、本薬師寺は一定期間存続していましたが、平安時代中期の10世紀頃に廃絶されたとみられています。現在は「本薬師寺跡」として特別史跡に指定され、礎石や心礎がその遺構として残されています。

変遷と復興の歴史

度重なる火災と荒廃

薬師寺は長い歴史の中で度重なる火災や戦乱に見舞われました。973年(天禄4年)の火災では、金堂と両塔を除く多くの伽藍が焼失し、さらに戦国時代の1528年(享禄元年)には兵火によって再び全山が焼け落ちてしまいました。このとき、奈良時代からの建築物で唯一、東塔のみが焼失を免れ、現在もその姿をとどめています。

再建の歩み

江戸時代から近代にかけて、金堂(1600年)や大講堂(1852年)などの一部伽藍が再建されましたが、往時の壮大な伽藍を取り戻すには至りませんでした。

現代における白鳳伽藍の復興

転機となったのは、1967年(昭和42年)、高田好胤師が管主に就任したことです。彼は翌年から「お写経勧進」による復興事業を始め、全国の信徒や参詣者の協力を得て伽藍の復興を推進しました。

復興の成果

これにより、薬師寺の伽藍は大部分が復興され、白鳳の風格を今に伝える姿を取り戻しています。

教育・文化の継承

薬師寺は龍谷大学と協定を結び、仏教の研究・教育活動、僧侶の育成、文化財の保護などにも力を入れています。また、「薬師寺まほろば塾」を開設し、一般向けの仏教講座や講演活動を通じて教えを広めています。

東塔

現存する奈良時代の貴重な建築

東塔(とうとう)は、薬師寺の伽藍の中でも特に貴重な国宝であり、奈良時代(天平年間)に建てられた唯一の建築物です。塔の総高は34.1メートル(相輪を含む)で、日本に現存する江戸時代以前の仏塔としては6番目の高さを誇ります。一見六重の塔に見えますが、構造的には三重塔であり、1・3・5層目の屋根は裳階(もこし)と呼ばれる装飾的な屋根です。

相輪と水煙の美

塔の頂部にある相輪には、奈良時代の高い工芸技術を示す飛天像が透かし彫りされた青銅製の水煙が設けられています。この精巧な工芸品は、当時の芸術性の高さを今に伝える貴重な文化遺産です。

銘文と創建の由来

相輪の中心柱最下部には「東塔檫銘(とうとうさつめい)」と呼ばれる漢文の銘文が刻まれており、薬師寺の創建と本尊造立の趣旨が記されています。塔の建築年代については、平城京にて天平2年(730年)に新築されたという説が通説となっています。

構造と建築様式の特徴

薬師寺東塔は、法隆寺五重塔などの飛鳥様式と、當麻寺東塔や醍醐寺五重塔など後世の塔の中間に位置する、過渡期的な建築様式を有しています。三手先の組物、地垂木と飛檐垂木による「地円飛角」形式などがその代表です。尾垂木の直線的な形状や、鬼斗や支輪を用いない点は古い様式の名残を示しています。

修理と保存の取り組み

鉄の釘で接続された骨組みを持ちながらも、階層間は木組みだけで構成されており、2009年から2020年までの平成の大修理により、全体の9割の木材が再利用されました。また、発掘調査で創建当初の基壇や、和同開珎4枚の出土も確認されました。修理後も創建時の姿を忠実に保ち、歴史的価値を高く維持しています。

「凍れる音楽」との称賛

この塔の美しい姿は「凍れる音楽」と称され、多くの人々の心を打っています。明治時代に訪れたフェノロサの言葉とされることが多いですが、実際には異説も存在し、真の出典については議論があります。佐佐木信綱や会津八一もこの塔を題材とした短歌を詠んでおり、その歌碑は薬師寺の境内に建立されています。

東塔の主な修理歴

東塔と薬師三尊像を巡る論争

現在、薬師寺にある東塔および薬師三尊像が、飛鳥の本薬師寺から移されたものか、平城京で新たに作られたものかについては、明治時代から論争がありました。現代では東塔は平城京で新築されたという見解が通説となっていますが、なおも研究は続けられています。

薬師寺の伽藍

中心伽藍の構成

薬師寺の伽藍は東塔を中心に、金堂西塔大講堂などで構成されています。これらは白鳳伽藍として知られ、古代建築の美と仏教文化の調和を体現しています。

金堂(こんどう)

金堂は1976年(昭和51年)に再建された建物で、奈良時代の仏教彫刻の最高傑作とされる本尊「薬師三尊像」(国宝)を安置しています。上層部は写経が納められる納経蔵となっており、信仰の中心として多くの参拝者を迎えています。

西塔(さいとう)

西塔は東塔と対をなす建築で、薬師寺の左右対称の伽藍配置を保つ重要な存在です。現存の西塔は再建されたものであり、白鳳文化の意匠を忠実に再現しています。

大講堂(だいこうどう)

大講堂は僧侶たちの学問と修行の場として用いられた建物で、薬師寺の宗教教育の中心を担ってきました。現在の建物は再建されたもので、薬師寺の精神的・学問的な支柱とされています。

国宝・重要文化財の宝庫

国宝・重要文化財が語る薬師寺の価値

薬師寺には、薬師三尊像や聖観音立像をはじめ、数多くの国宝・重要文化財が伝えられています。これらは単なる美術品ではなく、古代から現代に至る人々の信仰と祈りの結晶であり、日本文化の深層を理解するための重要な手がかりとなっています。

薬師三尊像(国宝)

金堂に安置された銅造薬師如来及両脇侍像は、飛鳥~奈良時代の高度な鋳造技術と古典様式を示す傑作で、中央の薬師如来は254.7cmの堂々たる像容です。

東塔(国宝)

現存する奈良時代の建造物として唯一の三重塔で、総高34.1m。裳階を含む重厚な意匠は「凍れる音楽」と称される美を湛え、相輪の水煙には飛天文様が透かし彫りされています。

その他の主な文化財

年中行事と参拝ポイント

春の修二会(花会式)

3月下旬に行われる国家繁栄・五穀豊穣を祈る法要。十種の造花が本尊に供えられ、最終日の「鬼追式」は古都の春を彩る風物詩です。

玄奘三蔵会大祭・万灯供養(5月5日)

法相宗の祖・玄奘三蔵を讃える法要。伎楽や雅楽が奉納され、夕刻には万灯が灯されて幽玄の世界が広がります。

越年写経会・修正会(12月31日–1月1日)

写経道場で夜を徹して写経を行い、新年の吉祥を祈願する修正会が金堂で営まれ、千年を超える伝統を継承します。

薬師寺を訪れる

見どころ

薬師寺の境内には、荘厳な金堂と左右にそびえる東西の塔が美しい対称性を成し、特に大池から眺める夜景は格別です。また、東塔は「凍れる音楽」とも称され、古代建築美の最高峰として国宝に指定されています。

周辺の名所

隣接する唐招提寺、東に若草山を望む大池、徒歩圏内の秋篠川沿い風光など、ならまち散策と合わせて訪れたいエリアが広がります。

交通アクセスと周辺情報

アクセス

近鉄西ノ京駅すぐ、または奈良交通バス「薬師寺」停留所下車徒歩2分。JR奈良駅・近鉄奈良駅からもバス利用で便利です。

観光地としての薬師寺の魅力

薬師寺は、日本仏教の歴史を語る上で欠かすことのできない名刹です。国家事業として創建され、数々の困難を経て今日まで守り伝えられてきたその姿は、信仰と文化の結晶そのものです。壮麗な伽藍配置、世界的にも評価の高い仏像群、そして現代に生きる復興の物語をあわせ持つ寺院です。西ノ京の落ち着いた景観の中で、ゆっくりと境内を巡ることで、日本仏教の歴史と精神性を深く味わうことができるでしょう。

奈良観光において、東大寺や興福寺とはまた異なる静謐で格調高い雰囲気を持つ薬師寺は、初めて訪れる方にも、何度も奈良を訪れている方にも強くおすすめできる名刹です。

Information

名称
薬師寺
(やくしじ)
住所
奈良県奈良市西ノ京町457
電話番号
0742-33-6001
営業時間

8:30~17:00

料金

【大人】500円 *中・高生400円、小学生200円  *玄奘三蔵院伽藍公開期間中:大人800円、中・高生700円、小学生300円

アクセス

近鉄西ノ京駅から *下車すぐ

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