長弓寺は、奈良県生駒市真弓に位置する真言律宗の寺院です。山号は真弓山、本尊は十一面観音菩薩です。創建は8世紀に遡り、行基によって開山されたと伝わります。寺名の由来や創建にまつわる逸話など、多くの伝説を今に伝えており、境内には国宝の本堂や重要文化財を擁し、歴史的・文化的価値が極めて高い寺院として知られています。
鎌倉時代の建築美を今に伝える、密教仏堂の傑作
長弓寺の本堂は、鎌倉時代の弘安2年(1279年)に建立されたもので、現在は国宝に指定されています。入母屋造、桧皮葺の屋根、桁行5間・梁間6間の構造をもち、真言密教の仏堂としての様式を備えつつ、和様建築と大仏様が融合した「新和様」の典型例として高く評価されています。特に、広々とした外陣や、美しい虹梁、蟇股の意匠など、鎌倉時代の建築技術の粋が感じられます。
『長弓寺縁起』によれば、神亀5年(728年)、鳥見郷の豪族・小野真弓長弓が、聖武天皇に随行して狩りに出た際、不幸にもその子・長麻呂が放った矢が長弓に誤って当たり命を落としてしまいます。これを哀れんだ聖武天皇は、僧・行基に命じて一寺を建立させました。このとき、行基は十一面観音像を本尊として安置し、寺名を「長弓寺」としました。
十一面観音像の頭頂に刻まれている仏面は、聖武天皇が持っていた弓の一部を用いたという伝承があり、悲しみに満ちた事件を仏の慈悲によって鎮めようとした人々の心が今に伝わります。
その後、藤原良継や藤原緒嗣による再興の記録、空海(弘法大師)の来訪、堀河天皇による伽藍の修復などを経て、長く信仰を集めてきました。しかし、平安末期には火災の被害に遭い、中世には応仁の乱や織田信長の兵火によって荒廃します。
その後、鎌倉時代に真言律宗の祖・叡尊により再興され、現在の本堂が建立されました。
長弓寺の東側にある伊弉諾神社は、明治時代の神仏分離までは牛頭天王社として長弓寺の鎮守社でした。伝承によれば、聖武天皇が長弓寺を建立する際に併せて建立したとされます。現在は独立した神社として存在していますが、境内には鳥居があり、神仏習合の名残が感じられます。
長弓寺にはかつて20の塔頭がありましたが、現在は薬師院、円生院、法華院、宝光院の4坊が残っています。これらの塔頭は宿坊としても利用され、訪れる参拝者に精進料理などを提供しています。また、本堂の維持管理はこれら3つの塔頭が輪番制で担っています。
かつて長弓寺には鎌倉時代建立の三重塔がありましたが、昭和9年の室戸台風で被害を受けたことを機に、初層部分のみが売却され、現在は東京都港区のグランドプリンスホテル高輪の庭園内に「観音堂」として保存されています。門や鐘楼も同ホテルに移築されています。
本堂は鎌倉時代の代表的仏堂建築として国宝に指定されています。
地蔵像は正和4年(1315年)の作で、興福寺の仏師・康俊・康成親子によって彫られたと伝えられます。
長弓寺は、大和十三仏霊場の第9番札所にも指定されており、巡礼者にとっても重要な拠点となっています。前後の札所には小房観音(第8番)や霊山寺(第10番)があります。
長弓寺は、歴史的価値のある建築と、伝説や文化財に彩られた静かな古刹です。奈良観光に訪れる際には、ぜひ足を運んでみてください。悠久の時を超えて伝わる仏の教えと、自然に囲まれた心静かなひとときを体験できることでしょう。