入江泰吉記念 奈良市写真美術館は、奈良県奈良市高畑町に位置する、日本でも珍しい写真専門の美術館です。この美術館は、特に奈良・大和路の風景や文化財をテーマとした作品で知られる写真家入江泰吉の業績を顕彰する目的で設立されました。彼が生涯を通じて撮影した膨大な作品群を核に、写真の展示・保存・研究を行う文化施設です。
1992年1月16日、入江泰吉は86歳で急逝しました。その後、彼が生前に奈良市へ寄贈していた全作品および愛蔵品をもとに、奈良市が写真美術館を建設。同年4月に奈良市写真美術館として開館しました。開館以来、彼の芸術性と奈良の魅力を広く伝える場として、多くの来館者に親しまれています。
2007年には館名を現在の「入江泰吉記念 奈良市写真美術館」に変更し、その功績を一層強く打ち出した運営が行われています。
この美術館は、世界的建築家黒川紀章氏の設計により建てられ、自然と調和したモダンで落ち着きのある建築美が特徴です。館内は以下のような設備を備えています。
JRまたは近鉄奈良駅より奈良交通の市内循環バスに乗車し、「破石町(わりいしちょう)」バス停で下車。そこから東へ徒歩約10分の場所にあります。奈良公園や春日大社、東大寺などの観光地にも近く、散策とあわせて訪れるのに最適です。
入江泰吉(1905年11月5日~1992年1月16日)は奈良市片原町、東大寺旧境内地に生まれました。7男1女の大家族の中で育ち、父・芳次郎は古美術の鑑定で家計を支え、母は篤い観音信仰を持っていたため、幼い頃から芸術と宗教的文化に親しむ環境が整っていました。彼は奈良第二尋常小学校を経て、奈良女子高等師範学校附属小学校高等科を卒業し、図画工作に才能を示していました。
当初は日本画家を目指していましたが、兄の助言で断念。その後、カメラに出会い、写真の世界に魅了されます。1925年、大阪の写真機材商「上田写真機店」で働き始め、技術と感性を磨きながらアマチュア写真家たちと交流を深めました。
1931年には独立し「光芸社」を設立。文楽人形の写真に取り組み、特に「春の文楽」は高く評価され、朝日新聞主催のコンテストで最高賞を受賞しています。
1945年の大阪大空襲により家を失い、奈良に戻った入江は、古寺を巡る中で仏像の記録に心を傾けます。東大寺の仏像が戦後に帰還する場面を目にしたことがきっかけとなり、奈良の文化財を写真で守る使命を感じたのです。こうして40歳から本格的に仏像や寺院の撮影を開始しました。
奈良では多くの文化人と親交を深めました。上司海雲を通じて志賀直哉、会津八一、小林秀雄、棟方志功らと出会い、「天平の会」に参加し、創作に刺激を受けました。特に画家・杉本健吉とは生涯の友人かつライバルとして関係を築きました。
入江は当初モノクロ写真にこだわっていましたが、1957年に初めてカラー写真に挑戦。1963年以降はカラーが主流となりました。しかし、彼は絵画的な美しさだけでなく「陰影の美」を追求し、10年以上にわたって独自の色彩表現を模索しました。
1960年には浪速短期大学の教授に就任し、多くの写真家を育成。1976年には『古色大和路』『万葉大和路』『花大和』の写真集三部作により、菊池寛賞を受賞しました。1992年、86歳で逝去しましたが、その功績は今もなお色褪せることなく称えられています。
入江泰吉の死去後、1992年4月に入江泰吉記念奈良市写真美術館が開館。彼の全作品、約8万点が収蔵されています。2009年には「平城遷都1300年記念 入江泰吉賞」が創設され、写真芸術の振興にも寄与しています。
また2015年には、彼が晩年を過ごした旧居が公開され、彼の暮らしぶりや創作活動をより身近に感じられる場所として人気を集めています。
入江泰吉記念 奈良市写真美術館は、入江泰吉の精神と芸術を今に伝える重要な文化施設です。奈良の歴史や自然の美を写真という芸術を通じて堪能できるこの美術館は、写真愛好家はもとより、奈良の文化に触れたい全ての人におすすめの場所です。