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博西神社

(はかにし じんじゃ)

博西神社は、奈良県葛城市新庄に鎮座する由緒ある神社で、国指定史跡である屋敷山古墳の西側に位置しています。その立地から、社名は「陵西」や「墓西」とも表記され、古墳との深い結びつきを今に伝えています。創建の正確な年代や詳細な由緒は明らかではありませんが、中世以来、この地域の歴史と信仰の中心として重要な役割を果たしてきました。

祭神と信仰の背景

博西神社では、北殿に下照比売命(したてるひめのみこと)南殿に菅原道真(すがわらのみちざね)を祀っています。下照比売命は天稚彦の妃として知られ、農耕や豊穣、調和を象徴する神とされます。一方、菅原道真は学問の神として全国的に信仰を集め、多くの参拝者が学業成就や知恵を願って訪れます。異なる性格を持つ二柱を祀る点も、博西神社の特色の一つです。

布施氏の氏神としての博西神社

中世、この一帯を支配していた豪族・布施氏は、博西神社を氏神として篤く崇敬しました。神社は布施郷支配の信仰上の拠点となり、地域社会を精神的に支える存在でした。かつては倭文神社、あるいは波加仁志神社とも称され、寺口・大屋・新庄など十四ヶ町村の総氏神として広く信仰を集めていましたが、時代の変遷とともに現在は寺口・大屋の二ヶ村の氏神となっています。

重要文化財に指定された本殿の魅力

博西神社最大の見どころは、重要文化財に指定されている本殿です。本殿は北殿(第1殿)と南殿(第2殿)からなる二棟連結式で、いずれも室町時代後期、戦国時代にあたる1538年(天文7年)頃の建立と考えられています。

建築様式と構造

本殿は両殿ともに一間社春日造という伝統的な神社建築様式を採用し、棟を接するように連結させた極めて珍しい形式をしています。円柱を用いた土台建、舟肘木、二軒繁垂木の軒構造、蟇股の透彫装飾など、室町時代末期の神社建築の特徴が随所に見られます。規模・形式ともに全く同一の社殿を並べ、障塀でつなぐ構成は全国的にも貴重で、高い建築史的価値を有しています。

保存修理と現在の姿

長い年月を経た社殿は、平成12年(2000年)に保存修理が行われ、創建当時の姿を大切に保ちながら今日まで伝えられています。静かな境内に佇む二棟の本殿は、歴史の重みと美しさを同時に感じさせ、訪れる人々を魅了します。

屋敷山古墳と博西神社の関係

博西神社の西に広がる屋敷山古墳は、全長135メートル以上を誇る大型前方後円墳で、国の史跡に指定されています。5世紀中頃の築造と推定され、大王や有力豪族のみが使用を許された竜山石製の長持形石棺が用いられていることから、古代葛城氏との関係が指摘されています。

中世から近世へと続く歴史の舞台

古墳の墳丘上には、平安から室町時代に布施氏の居館が築かれ、江戸時代初期には新庄藩主・桑山氏の陣屋が置かれました。こうした歴史的変遷が「屋敷山」という名称の由来となり、博西神社とともに、この地が長きにわたり政治・信仰の中心であったことを物語っています。

屋敷山公園として親しまれる現在

現在、屋敷山古墳一帯は屋敷山公園として整備され、約58,000平方メートルの広大な敷地に自然と歴史が調和する空間が広がっています。園内には市民体育館や文化施設、運動場が整備され、地域の文化活動の拠点としても機能しています。

観光と散策の楽しみ

春にはツツジが咲き誇り、秋には紅葉が彩る屋敷山公園は、家族連れや遠足の子どもたちでにぎわいます。博西神社への参拝とあわせて、古墳や公園を巡ることで、古代から中世、近世、そして現代へと続く葛城市の歴史を体感することができます。博西神社は、静かな佇まいの中に、地域の長い歴史と信仰を今に伝える貴重な観光資源といえるでしょう。

Information

名称
博西神社
(はかにし じんじゃ)

葛城・御所

奈良県