當麻寺奥院は、奈良県葛城市に所在する名刹・當麻寺の塔頭の中でも最大規模を誇る寺院であり、浄土宗総本山・知恩院の「奥之院」として創建された、極めて由緒深い存在です。現在も宗教法人としての正式名称は「奥院」とされ、當麻寺の浄土信仰を象徴する重要な拠点となっています。
奥院は、南北朝時代の応安3年(1370年)、京都・知恩院第十二世住職であった誓阿普観(せいあふかん)上人によって創建されました。創建当初の寺号は往生院といい、のちに「奥院」と称されるようになります。
当時の京都は南北朝の動乱が続き、政情不安と度重なる災禍により、法然上人の尊像を安置するには安住の地とは言い難い状況でした。誓阿普観上人は、法然上人の夢告を受け、後光厳天皇の勅許を得て、知恩院の本尊であった円光大師法然上人坐像(重要文化財)を、撰択本願念仏集や勅修御伝の副本とともに當麻の地へ遷座させました。こうして建立されたのが、現在の當麻寺奥院です。
奥院は、知恩院の歴代住職が隠居し、晩年を過ごす場所として位置づけられた寺院でした。知恩院の本尊である法然上人像を守り、念仏修行に専念する場であったことから、「知恩院の奥之院」と称され、やがて單に「奥院」と呼ばれるようになります。
このような背景から、奥院は浄土宗大和本山として、念仏信仰の流布と僧侶育成の道場となり、多くの人々の信仰を集めながら今日まで護持継承されてきました。
奥院の御本尊は、円光大師法然上人坐像(重要文化財)です。この像は、法然上人が在世中に造立されたと伝えられる唯一の木像であり、法然上人自らが開眼したとされることから、特に尊崇を集めています。
誓阿普観上人の夢に現れ、「血垂れの御影」として示されたという伝承でも知られ、奥院では祖師の姿そのものを本尊とする御影堂として、深い信仰が受け継がれています。
當麻寺奥院は、法然上人二十五霊場巡拝の第九番札所に数えられています。この霊場巡拝は、称名念仏を日本に広めた法然上人の遺跡をたどるもので、全国から多くの参拝者が訪れます。
また奥院は、法然上人の高弟であり、西山浄土宗の祖である証空(西山国師)上人ゆかりの地として、西山国師遺跡霊場第十四番札所にも指定されています。証空上人は當麻寺に長く滞在し、當麻曼陀羅の研究と写本制作を通じて、念仏信仰を全国に広めました。
當麻寺は、推古天皇20年(612年)、聖徳太子の異母弟である麻呂子親王によって創建されたと伝えられ、当初は「萬法蔵院禅林寺」と称されていました。天武天皇10年(681年)に現在地へ移され、寺号を「當麻寺」と改めています。
創建当初は南都六宗の一つである三論宗の寺院でしたが、やがて真言宗、さらに浄土信仰の隆盛とともに當麻曼荼羅を中心とする浄土信仰の聖地として発展しました。現在は、真言宗と浄土宗の二宗派並立という、日本でも珍しい形態を今に伝えています。
當麻寺奥院には、往時の宗教活動の隆盛を今に伝える堂宇が数多く残されています。
奥院本堂は、慶長9年(1604年)に再建された桃山時代の建築で、御影堂とも呼ばれます。御本尊である法然上人坐像を安置し、厳かな雰囲気の中で念仏の教えを感じることができます。
慶長17年(1612年)建立の大方丈は、奥院の中心的な建物の一つです。2018年(平成30年)秋には、日本画の巨匠上村淳之画伯による襖絵「花鳥浄土」が奉納され、30枚60面にわたる壮大な浄土世界が描かれています。
楼門および鐘楼門は、江戸時代初期の建立で、奥院の格式の高さを象徴する存在です。静寂の中に響く鐘の音は、訪れる人の心を清めてくれます。
江戸時代に建立された阿弥陀堂は、阿弥陀如来を本尊とし、往生極楽を願う人々の信仰を集めています。多くの方がここに納骨され、念仏とともに供養が行われています。
奥院は、二上山を借景とした美しい庭園でも知られています。
宝池を中心とする池泉回遊式庭園で、阿弥陀仏の極楽浄土を地上に表現した空間です。春は桜と牡丹、夏は睡蓮や蓮、秋は紅葉、冬は冬牡丹と、四季折々の景色が訪れる人を魅了します。
作庭家中根金作による「二河白道の庭」は、浄土教の譬えである二河白道を庭園として表現した極めて珍しい例です。二上山産の金剛砂を火の川、白砂を水の川に見立て、念仏者の信仰心を象徴的に描いています。
奥院五十七代観誉察聞上人が、大方丈仏間の天井画に牡丹が描かれていることにちなみ、仏前供花として植樹したのが始まりです。現在では約80種・3000株を誇る當地最大級の牡丹園となり、4月下旬から5月初旬にかけて見頃を迎えます。
奥院宝物館には、撰択本願念仏集(重要文化財)や、知恩院本と対をなす法然上人行状絵伝四十八巻をはじめ、當麻曼陀羅の写本「延宝本」、二十五菩薩来迎像、十界図屏風など、浄土信仰を物語る貴重な文化財が数多く収蔵されています。
電車をご利用の場合
近鉄南大阪線「当麻寺」駅下車、徒歩約15分。
近鉄大阪線「高田」駅、JR「大和高田」駅下車、タクシーで約15分。
當麻寺奥院は、法然上人の教えと當麻曼荼羅信仰が融合した、日本有数の浄土信仰の聖地です。歴史ある伽藍、美しい庭園、そして静かな祈りの空間は、訪れる人に心の安らぎと生きる指針を与えてくれます。當麻寺を訪れる際には、ぜひ奥院にも足を運び、極楽浄土への憧れが息づく世界をじっくりと味わってみてください。