奈良県 > 葛城・御所 > 當麻寺 中之坊

當麻寺 中之坊

(たいまでら なかのぼう)

當麻寺最古の僧坊

當麻寺中之坊は、奈良県葛城市にある當麻寺の塔頭寺院の中でも、最も古い歴史を持つ僧坊です。その起源は白鳳時代にさかのぼり、當麻寺の開創に際して、修験道の祖として知られる役行者(えんのぎょうじゃ)が修行の道場として開いたことに始まると伝えられています。

天平時代には、十一世実雅上人(中将姫の師)の代に、當麻寺住職の住房である「中院御坊」として整えられ、以後、一山を代表する筆頭寺院として、長きにわたり當麻寺全体を護持してきました。弘仁年間(9世紀初頭)には、十四世実弁上人が弘法大師空海より教えを受けたことで、當麻寺は真言密教の霊場としての性格を強め、中之坊は現在も高野山真言宗別格本山として、大師信仰と観音信仰の中心的役割を担っています。

中将姫ゆかりの聖地 ― 剃髪と修行の道場

中之坊は、中将姫が出家の決意を固め、剃髪・修行を行った場所として広く知られています。境内に建つ剃髪堂は、その名の通り中将姫が髪を落としたと伝えられる堂で、本尊として平安時代(10世紀)の十一面観音像(重要美術品)が安置されています。

この観音像は「導き観音さま」と呼ばれ、人々を正しい道へと導く仏さまとして篤い信仰を集めています。観音さまの右手には五色のひもが結ばれ、そのひもは堂前まで延びています。参拝者はそのひもに触れ、合掌することで、願いを観音さまに届けることができるとされています。

大和三名園の一「香藕園」 ― 極楽浄土を表す名庭

中之坊を代表する見どころの一つが、国指定史跡・名勝である庭園「香藕園(こうぐうえん)」です。この庭園は桃山時代に基礎が築かれ、江戸時代初期、後西天皇の行幸にあわせて、茶人として名高い片桐石州によって現在の姿に改修されました。

庭園は内庭と外庭からなり、内庭には心字池が配され、その池を「宝池」、借景として望む當麻寺の東塔・西塔(三重塔・国宝)を「宝塔」に見立て、阿弥陀如来の極楽浄土を観想する空間として構成されています。築地塀を低く設けることで、限られた敷地に奥行きを感じさせる巧みな設計が施されている点も特徴です。

香藕園は、竹林院群芳園、慈光院庭園と並び、古くから「大和三名園」の一つに数えられ、昭和9年には奈良県で最初に国の文化財指定(史跡・名勝)を受けました。四季折々の草花に彩られ、回遊しながら静かに鑑賞できる庭園です。

書院と茶室「丸窓席」 ― 天皇を迎えた格式の空間

庭園に面して建つ書院(重要文化財)は、江戸時代初期に建てられた書院造の建築です。主室である「御幸の間」は、後西天皇が実際に滞在したと伝えられる由緒ある空間で、障壁画は曽我二直庵の筆によるものです。

書院の一角には、茶室「丸窓席」(重要文化財)が設けられています。北側に直径約1.8メートルもの大きな円窓を配した大胆な構成が特徴で、床の間をあえて小さくすることで、限られた空間を最大限に活かしています。千利休が好まなかったとされる竹をあえて用いるなど、片桐石州の独創的な美意識が随所に感じられる名席です。

霊宝殿 ― 中将姫信仰を伝える至宝の数々

霊宝殿では、白鳳・天平時代から近代に至るまでの寺宝が、入れ替え制で公開されています。なかでも、日本最古のかみそりとされる「中将姫剃髪剃刀」は常設展示されており、多くの参拝者の関心を集めています。

また、春季特別展では、中将姫自筆と伝えられる奈良時代の経巻『称讃浄土経』が特別公開されるなど、信仰と歴史を体感できる展示が行われています。

写仏道場 ― 心を整える体験の場

登録有形文化財である写仏道場は、150枚にも及ぶ壮麗な絵天井で知られています。前田青邨をはじめとする近現代の著名作家による作品が天井一面に描かれ、静謐でありながら華やかな空間を生み出しています。

ここでは、中将姫の『称讃浄土経』を写経する体験や、當麻曼荼羅に描かれた仏さまを写仏する体験ができ、極楽浄土への祈りと向き合う貴重な時間を過ごすことができます。

ぼたん園と四季の花々

中之坊は、春のぼたんでも特に有名です。境内には約1200株の牡丹が植えられ、4月下旬から5月初旬にかけて、「百花の王」と称される大輪の花が咲き誇ります。

そのほか、つつじ、白藤、紫陽花、芙蓉、桔梗など、四季折々の花々が境内を彩り、訪れる人々に安らぎを与えてくれます。

信仰と暮らしを支えた陀羅尼助の伝承

中之坊は、日本最古の和漢薬とされる「陀羅尼助」の発祥地の一つとしても知られています。飛鳥時代、役行者によって創製されたこの薬は、かつて万能薬として、現在では胃腸薬として親しまれています。

境内には、昭和57年まで実際に製薬に使われていた行者の大釜が残されており、大寒の時期に読経とともに薬を煮詰めた往時の様子を今に伝えています。

祈りと美が調和する中之坊

當麻寺中之坊は、當麻曼荼羅と中将姫信仰を背景に、歴史・信仰・庭園美・体験が一体となった特別な空間です。静かな境内を歩きながら、極楽浄土への祈りに思いを馳せるひとときは、訪れる人の心を深く癒してくれることでしょう。

Information

名称
當麻寺 中之坊
(たいまでら なかのぼう)

葛城・御所

奈良県