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片岡神社(王寺町)

(かたおか じんじゃ)

王寺町の歴史と信仰を今に伝える古社

片岡神社は、奈良県北葛城郡王寺町本町二丁目に鎮座する由緒ある神社です。『延喜式』神名帳に記載された式内社(名神大社)であり、明治時代には旧社格・郷社に列せられました。古代から国家的にも重視されてきた格式高い神社で、現在も王寺町全体の鎮守として、地域の人々から篤い信仰を集めています。

創建と古代の歴史 ― 祈雨と災厄除けの神として

太古の鎮座地と神封の記録

伝承によれば、片岡神社は太古の昔、現在の王寺町元町にあたる小字大峯の地に鎮座していたとされています。この旧鎮座地は「元宮(モトミヤ)」とも呼ばれ、現在も祭礼を担う宮座が組織され、古代から続く信仰の形が大切に守られています。

大同元年(806年)には、大和国に七戸、遠江国に八戸、近江国に二十五戸という神封が与えられたことが『新抄格勅符抄』に記されています。これは、当時すでに片岡神社が朝廷から厚い崇敬を受けていた証といえるでしょう。

名神大社としての格式

平安時代に編纂された『延喜式』神名帳では、「片岡坐神社」として名神大社に列格され、祈雨神祭にもあずかる神社として記録されています。雨を司る神、風雨を鎮める神として、農耕と深く結びついた信仰が古くから育まれてきました。

さらに貞観元年(859年)には、正五位下の神階を授けられたことが『日本三代実録』に記されており、国家鎮護の神としての重要性がうかがえます。

中世・近世の信仰 ― 五社大明神として

片岡神社は、中世から近世にかけて、八幡大神・住吉大神・豊受大神・清滝大神・天照皇大神の五柱をお祀りすることから、「五社大明神」「五社明神」とも呼ばれていました。複数の神々を合わせ祀ることで、武運、航海安全、五穀豊穣、生活全般の守護など、幅広いご利益があると信仰されてきました。

正暦5年(994年)には、疫病や天変地異が相次いだため、中臣氏の人物が宣命使として派遣され、朝廷から奉幣を受けて国家的な鎮静祈願が行われたと伝えられています。片岡神社が、災厄除けや社会安定を願う重要な祈りの場であったことを物語る逸話です。

近代以降の片岡神社 ― 王寺町の総鎮守へ

郷社列格と合祀

明治6年(1873年)、近代社格制度のもとで片岡神社は郷社に列せられました。さらに明治42年(1909年)には、大田口の氏神であった金計神社、白瓜の氏神であった大原神社、門前の氏神であった住吉神社が合併され、現在では王寺町全体の総鎮守として信仰されています。

地域に根ざした神社

現在の社地は旧王寺小学校に隣接しており、境内の社叢は子どもたちの遊び場としても親しまれています。平日には穏やかな時間が流れ、祭礼の時期にはにぎやかな声と太鼓の音が町中に響き渡ります。

特に秋祭りでは、町内各集落から太鼓台が奉納され、王寺町を代表する年中行事として多くの人々で賑わいます。こうした風景は、片岡神社が単なる歴史的遺産ではなく、今も生きた信仰の場であることを実感させてくれます。

御祭神とご利益

御祭神

片岡神社では、以下の神々が祀られています。

天照皇大神表筒男命中筒男命底筒男命品陀別命豊受大御神清瀧大神

これらの神々は、国家安泰、五穀豊穣、厄除け、交通安全、家内安全など、幅広いご利益をもたらすとされています。

参拝とアクセス

交通アクセス

片岡神社へは、JR西日本 大和路線・和歌山線 王寺駅から徒歩約15分で到着します。駅周辺は商業施設も多く、散策を兼ねた参拝にも適した立地です。

歴史ある神社を訪ねながら、王寺町の街並みや人々の暮らしに触れてみるのも、観光の楽しみの一つといえるでしょう。

おわりに ― 王寺町の心のよりどころ

片岡神社は、古代から現代に至るまで、風雨を鎮め、災厄を祓い、人々の暮らしを見守り続けてきました。静かな境内に立てば、長い年月を超えて受け継がれてきた信仰の重みと、地域に寄り添う神社の温かさを感じることができます。

王寺町を訪れた際には、ぜひ片岡神社に足を運び、その歴史と信仰に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

Information

名称
片岡神社(王寺町)
(かたおか じんじゃ)

葛城・御所

奈良県