弥勒寺は、奈良県大和高田市土庫に所在する真言宗豊山派の寺院で、正式には中戸山弥勒寺と号します。境内には静かな佇まいが広がり、地域の人々に長く親しまれてきた歴史ある寺院です。とりわけ、本尊である木造弥勒仏坐像は国の重要文化財に指定されており、弥勒寺を代表する貴重な文化財として知られています。
寺伝によれば、弥勒寺は天文7年(1538年)、戦国時代に当地の地侍であった土庫氏の氏寺として創建されたと伝えられています。当初は現在とは異なる場所に建立され、江戸時代中頃になって現在地へ移築されたとされています。創建当初の詳しい状況については明らかではありませんが、かつて寺院があったとされる場所には、現在も「中戸山」という地名が残っており、寺の歴史を今に伝えています。
現在の境内には、宝永6年(1706年)に建立された本堂をはじめ、江戸時代の寺観を伝える建物が残されています。
弥勒寺の本堂は、江戸時代中期に建立されたもので、長年にわたり地域の信仰の中心となってきました。一時期は神仏分離令の影響などにより荒廃しましたが、平成以降、修理と整備が進められ、現在では落ち着いた雰囲気の中で参拝することができます。
境内には鐘楼があり、そこに吊るされている梵鐘は延享元年(1744年)に鋳造されたものです。太平洋戦争中には金属供出の対象となりましたが、当時の住職が「地域にとって欠かせない文化財である」として県に免除を願い出たことで難を逃れ、再び弥勒寺へ戻されました。
現在、この梵鐘は電動式で正午と夕方6時に時を告げ、静かな町に澄んだ音色を響かせています。大きな仏像と響き渡る鐘の音は、弥勒寺ならではの景観と雰囲気を形づくっています。
弥勒寺の最大の見どころは、本尊・木造弥勒仏坐像です。像高は147.3センチメートルに及ぶ大型仏で、平安時代(10~11世紀)に制作されたと考えられています。材は楠などの広葉樹とされ、両脚部を含めてほぼ全体を一材から彫り出す一木造りという、非常に大胆で高度な技法が用いられています。
半丈六を大きく超える体躯を一木で造り上げた作例は極めて珍しく、平安時代初期から中期にかけての仏像彫刻の中でも、際立った存在です。螺髪や白毫、表面の漆箔は後世の補修によるものですが、像全体の姿に大きな改変はなく、保存状態も良好です。
穏やかな丸顔の表情、整理された衣文、耳たぶに見られる網目文様などに、平安時代後期の仏像彫刻の特徴がよく表れており、弥勒信仰が盛んであった当時の宗教的背景を今に伝えています。
平成21年(2009年)、長らく住職不在であった弥勒寺に現在の住職が着任したことをきっかけに、弥勒仏坐像は専門家による調査を受け、高い評価を得ました。その結果、平成22年(2010年)に奈良県指定有形文化財となり、さらに平成24年(2012年)9月20日には、異例の速さで国指定重要文化財に指定されました。
短期間のうちに評価が高まったことから、この弥勒仏はいつしか「出世仏」と呼ばれるようになり、学業成就や仕事運向上などを願う人々の信仰も集めています。
弥勒寺は、派手さはないものの、平安時代から現代へと受け継がれてきた信仰と文化を静かに伝える寺院です。国の重要文化財である弥勒仏坐像をはじめ、江戸時代の本堂や鐘楼、そして今も時を告げる梵鐘は、地域にとってかけがえのない歴史文化資源です。
大和高田市を訪れた際には、ぜひ弥勒寺に足を運び、平安の仏師の技と、長い年月を経て守られてきた祈りの空間を、ゆっくりと味わってみてはいかがでしょうか。