石光寺は、奈良県葛城市染野に位置する浄土宗の古刹で、山号を慈雲山と称します。本尊は阿弥陀如来で、約1300年前、飛鳥時代後期(白鳳期)に創建されたと考えられている、葛城地方を代表する歴史ある寺院です。出土遺物や文献資料からも、きわめて古い時代にさかのぼる寺院であることが明らかになっており、奈良の古代仏教文化を今に伝える貴重な存在といえます。
石光寺は、信仰・歴史・伝説、そして花の名所としての魅力を併せ持つ寺院として知られています。特に中将姫(ちゅうじょうひめ)伝説ゆかりの寺として名高く、境内に残る「染の井」や「糸掛桜」は、訪れる人々に深い感動と物語性を与えてくれます。そのため古くから「染寺」という愛称で親しまれてきました。
石光寺の創建は、天智天皇の勅願によるものと伝えられています。伝承によれば、天智天皇の御代、この地に仏の姿を思わせる霊光を放つ大きな石が現れました。これを聞いた天皇は、その石に弥勒如来像を彫らせ、堂宇を建立するよう命じたとされます。
この堂宇の建立にあたったのが、修験道の祖として知られる役小角(えんのおづぬ)であり、石光寺は役行者開山の寺としても語り継がれています。こうした伝承は、『元亨釈書』(元亨2年・1322年成立)にも記されており、石光寺が中世においても由緒ある寺院として認識されていたことがうかがえます。
1991年(平成3年)、弥勒堂改築に伴う発掘調査が行われ、その結果、白鳳時代の石造如来坐像をはじめ、瓦や塼仏(せんぶつ)などが出土しました。これらの遺物は、石光寺が飛鳥時代後期にすでに本格的な伽藍を備えた寺院であったことを示しています。
また、平面五間×四間の堂跡も確認され、出土した石仏は、かつてこの堂に安置されていた本尊であったと考えられています。この石造如来坐像は、日本最古の石仏とされ、現在は奈良県指定有形文化財として大切に保存されています。
石光寺の最大の見どころのひとつが、石造如来坐像です。飛鳥時代後期に制作されたこの仏像は、日本に現存する石仏の中でも最古級とされ、古代日本における仏教受容のあり方を知るうえで極めて重要な文化財です。
素朴でありながらも力強さを感じさせる造形は、当時の信仰の厚さと、仏への畏敬の念を静かに伝えてきます。長い年月を経てなお、石の肌に刻まれた祈りは、訪れる人の心に深く響きます。
石光寺は、中将姫ゆかりの地として広く知られています。中将姫は伝説上の人物で、右大臣藤原豊成の娘とされ、美貌と信仰心の篤さで名高い女性です。17歳で出家し、当麻寺に籠もって修行を続けたと伝えられています。
ある日、中将姫は霊感を得て、蓮の茎から糸を取り出すことを思いつきます。彼女は石光寺の庭に井戸を掘り、その糸を浸したところ、糸は五色に美しく染まったといわれます。この井戸が、現在も境内に残る「染の井」です。
さらに、その染め上げた糸を近くの桜の枝に掛けて乾かしたとされ、その桜は「糸掛桜」と呼ばれるようになりました。中将姫は、この蓮糸を用いて、一夜のうちに当麻曼荼羅を織り上げたと伝えられています。
この物語は、建久3年(1192年)成立の『建久御巡礼記』にも紹介されていますが、当初は中将姫の名は記されていませんでした。現在のように「中将姫=藤原豊成の娘」という設定が定着したのは、室町時代以降とされています。それでも、この伝説は石光寺の信仰と深く結びつき、今も人々に語り継がれています。
境内には、本堂(阿弥陀堂・常行堂)をはじめ、弥勒堂、庫裏、客殿などが整然と配置されています。また、飛鳥時代後期のものとされる塔心礎が残り、かつて壮大な塔が建っていたことを今に伝えています。
境内には、与謝野晶子、与謝野鉄幹、釈迢空(折口信夫)の歌碑が建立されており、石光寺が文学者にも愛された場所であったことがうかがえます。
石光寺は「ぼたんの寺」としても名高く、春には約350種・2,500株もの牡丹が境内を彩ります。4月中旬から5月上旬にかけて咲き誇る牡丹は圧巻で、毎年多くの参拝者や観光客が訪れます。
また、冬には寒牡丹が見頃を迎え、12月初旬から1月初旬にかけて、赤・白・紫・桃色など約200株が次々と花を開かせます。寒空の下で咲く牡丹の姿は、静謐で格別な美しさを放ちます。
夏には樹齢約250年といわれる百日紅(さるすべり)が見事な花を咲かせ、寺の石垣を覆うように伸びた枝ぶりは圧巻です。ほかにも、芍薬、紫陽花、桜など、四季折々の花木が境内を彩り、訪れる人の目と心を楽しませてくれます。
石光寺では、大施餓鬼会(8月19日)や春秋の彼岸会など、仏教行事が大切に守られています。また、関西花の寺二十五霊場の札所にもなっており、花と信仰をめぐる巡礼の一寺としても知られています。
所在地は奈良県葛城市染野枇杷ヶ辻387です。近鉄南大阪線二上神社口駅からタクシーで約5分、JR和歌山線香芝駅からは約10分で到着します。また、西名阪自動車道柏原IC・香芝ICからも車で約5キロと、交通の便にも恵まれています。
歴史、伝説、信仰、そして四季の花々が調和する石光寺は、葛城の魅力を凝縮したような寺院です。静かな境内を歩きながら、古代から続く祈りの時間に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。