専立寺は、奈良県大和高田市内本町にある浄土真宗本願寺派の寺院で、山号を如意山と称し、本尊には阿弥陀如来立像を安置しています。慶長5年(1600年)に創建された由緒ある寺院で、「高田御坊」の名でも広く親しまれています。専立寺は、奈良県内に点在する大和五ヶ所御坊の一つとして、古くから信仰と地域文化の中心的役割を果たしてきました。
専立寺の最大の特徴は、寺院を中心に形成された寺内町の存在です。慶長年間、桑山氏の保護のもとで専立寺を核として町づくりが進められ、商人や職人が集まり、やがて大和国有数の商業地へと発展していきました。現在も周辺には、江戸・明治・大正・昭和と時代を重ねた町並みが残り、大和高田の歴史を肌で感じられる貴重な歴史地区となっています。
専立寺は、慶長5年(1600年)、正行寺(現・大和高田市有井)に関わる円慶によって開かれ、その後、浄土真宗西本願寺第十二世・准如上人によって正式に御坊として整えられました。大和国中南部における布教の拠点として栄え、多くの人々が念仏の教えに触れる場となりました。
天明6年(1786年)には太鼓楼が、寛政6年(1794年)には表門が建立され、当時の専立寺には本堂・書院・対面所・鐘楼などが整然と並び、壮麗な寺観を誇っていました。しかし、天保9年(1838年)の火災により多くの建物を焼失し、その後再建された対面所が、現在の本堂として受け継がれています。
明治23年(1890年)には、自由民権運動の指導者として知られる板垣退助が専立寺で演説会「大和全国自由懇親会」を開催し、寺内に宿泊した記録が残されています。このことからも、専立寺が単なる宗教施設にとどまらず、思想や社会活動の場としても重要な役割を担ってきたことがうかがえます。
専立寺は、親鸞聖人の教えを現代に伝える寺院として、「社会に開かれたお寺」を大切にしてきました。歴代住職は、奈良少年院や奈良少年刑務所において教誨師・篤志面接委員として長年活動し、社会更生や人の心に寄り添う実践を続けてこられました。
また、境内や施設は地域の文化活動や交流の場として広く活用され、地元の人々からは親しみを込めて「高田の御坊さん」と呼ばれています。
専立寺の表門・太鼓楼・築地塀は、いずれも大和高田市指定文化財です。重厚な築地塀で結ばれた太鼓楼と表門は、寺内町の歴史と格式を今に伝える象徴的な存在となっています。表門付近には、童謡詩人野口雨情の歌碑も建てられ、文化的な魅力を添えています。
境内の庭園では、季節ごとに花しょうぶや紫陽花、蓮の花が咲き、訪れる人々の心を静かに癒してくれます。
毎年2月には高田御坊まつりが開催され、多くの参拝者でにぎわいます。歴史ある寺院と町並みを一体で楽しめる行事として、地域に深く根付いています。
所在地:奈良県大和高田市内本町
アクセス:JR和歌山線「高田駅」より徒歩約8分
専立寺とその周辺を歩けば、信仰と商いが共に育まれてきた大和高田の原風景に出会うことができます。観光の際には、ぜひ寺内町散策とあわせて訪れてみてください。