奈良漬けとは、奈良が発祥と言われるている、粕漬けのひとつ。白うり、きゅうり、すいか、しょうがなどを塩漬けにした後、何度も酒粕に漬けかえて長期間発酵させてできる漬物だ。高級な漬物として有名だが、江戸時代に幕府への献上や、東大寺を参拝に訪れる人々や商人によって普及し、庶民にも広まっていった。抗酸化作用やビタミン類の吸収を助ける働きがあるといわれており、定番のうなぎの蒲焼との組み合わせは、脂っこい後味をさっぱりさせる効果があり、科学的にも理にかなった食いあわせのようだ。
奈良漬けは、平城京の跡地で見つかった長屋王木簡に「進物加須津毛瓜加須津韓奈須比」という記録があり、貢納品伝票にも登場しています。生姜と瓜の粕漬が正倉院文書に記され、『延喜式』内膳の部には、冬瓜、菁根搗、ナス、小水葱、ダイズなども記載されています。
瓜の粕漬は、酒の汁糟を使用し、塩、滓醤、醤の調味料を加えて漬けた高塩分の漬物でした。漬物には酒粕が旨みや香りを加えていたと考えられます。当時の酒はどぶろくであり、粕は搾りかすではなく、その容器の底に溜まる沈殿物でした。『延喜式』大膳の部には汁糟漬があり、今の奈良漬けのような形式ではありませんでした。
奈良漬けは、瓜の粕漬として初めて記録され、その後、宇治の土産として『山科家礼記』に登場しました。江戸時代に入ると、漢方医糸屋宗仙が奈良漬けを広め、大坂の陣で徳川家康に献上されたことで広く知られるようになりました。奈良漬けは将軍徳川綱吉の時代には「奈良漬を載せたお茶漬け」が人気を博し、その後、野菜の粕漬の総称となりました。奈良県以外でも製造され、広く普及しています。
特徴
奈良漬けを含む多くの漬物は、長期保存が可能なため、季節を問わずに使用できる保存食の野菜漬として、栽培技術や冷蔵設備が未発達な時代には重要視されました。現代では琥珀色の製品が一般的ですが、伝統的な製法では粕床で何度も漬け替え、4年から十数年かけて漬けることで黒く仕上がります。
東京の江戸前寿司店では、太平洋戦争前には巻き寿司は奈良漬け巻き、干瓢巻き、鉄火巻きしかなく、他のネタを巻く発想もありませんでした。また、鰻の蒲焼きの箸休めとしても定番で、鰻を食べた後の脂っこさを奈良漬けが拭い去り、口をさっぱりとさせる効果があります。奈良漬けは胃の働きを活発にし、胸焼けを抑えたり、脂肪の分解、ビタミンやミネラルの吸収を助けるなどの効果があるとも言われています。