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称名寺(奈良市)

(しょうみょうじ)

奈良に息づく念仏信仰と侘び茶の源流

称名寺は、奈良県奈良市菖蒲池町に位置する浄土宗西山派の寺院で、山号を日輪山と称します。奈良の中心部にほど近い場所にありながら、境内には静けさと落ち着きが漂い、長い歴史の中で育まれてきた信仰と文化を今に伝えています。とりわけ、念仏道場としての歩みと、茶道史における重要な役割を担った寺として知られ、多くの参拝者や歴史・文化愛好家が訪れています。

称名寺の創建と興福寺との深い関わり

称名寺の創建は、文永2年(1265年)にさかのぼります。興福寺の学僧であった専英・琳英の兄弟と、京都西山三鈷寺の澄忍上人の三僧が、念仏修行の道場として開いたのが始まりと伝えられています。当初は興福寺の別院であり、興福寺の北側に位置していたことから、興北寺(こうほくじ)とも呼ばれていました。

創建当初の称名寺は、宮廷の勅願寺であったとも伝えられるほど格式の高い寺院で、広大な寺域を有していたといわれています。その後、慶長7年(1602年)に現在の地へ移転し、今日に至るまで奈良の地で信仰を集めてきました。明治時代の廃仏毀釈により興福寺から分離しましたが、寺としての伝統と精神は脈々と受け継がれています。

本堂と三尊仏―念仏信仰の中心

称名寺の本堂には、光烟光佛(阿弥陀如来)を中心に、釈迦如来阿弥陀如来の三尊が安置されています。これらの仏像は、穏やかで親しみやすい表情をたたえ、訪れる人々の心を静かに包み込みます。とくに阿弥陀如来像は、平安時代後期の定朝様の特色をよく示す優作として高く評価されており、称名寺の信仰の核となっています。

千体地蔵尊―戦国の歴史を伝える石仏群

境内でひときわ印象的なのが、千体地蔵尊です。これらは、戦国武将松永久秀が永禄元年(1558年)から多聞城を築城する際、城壁の石材として用いた地蔵石像で、その数は約1,900体にも及びます。後に城が廃され、地蔵尊は称名寺に集められ、現在のような壮観な石仏群となりました。

無数の地蔵尊が静かに並ぶ光景は、戦国の動乱と人々の信仰心を同時に物語り、訪れる人に深い印象を与えます。地蔵尊一体一体に込められた祈りを感じながら巡る境内散策は、称名寺ならではの体験といえるでしょう。

村田珠光と称名寺―侘び茶誕生の地

称名寺は、茶道の始祖と称される村田珠光ゆかりの寺としても広く知られています。珠光は幼少期に称名寺で出家し、のちに「侘び茶」と呼ばれる簡素で精神性を重んじる茶の境地を切り開きました。その思想は後の千利休へと受け継がれ、日本の茶道文化の礎となっています。

境内にある茶室「獨盧庵(どくろあん)」(別名・珠光庵)は、珠光の好みを伝えるものとして知られています。三畳敷きを基本としながら、点前座の工夫や間取りの可変性を備えた非常に珍しい構造を持ち、文化年間(1804〜1818年)に造られました。毎年5月15日には珠光の命日にあたる珠光忌が営まれ、本堂と茶室が特別公開され、多くの茶道愛好家が訪れます。

文化財と見どころ

称名寺には、国の重要文化財に指定された仏像が数多く伝えられています。木造阿弥陀如来坐像、木造釈迦如来坐像、木造地蔵菩薩立像などはいずれも平安時代の優れた仏像彫刻で、現在は奈良国立博物館に寄託されているものもあります。これらの文化財は、称名寺が長きにわたり信仰と芸術の拠点であったことを雄弁に物語っています。

文化財

アクセス

称名寺へのアクセスは便利です。近鉄奈良駅7-N出口より徒歩5分、または奈良交通バス(市内循環外回り)「近鉄奈良駅」下車徒歩6分で訪れることができます。JR奈良駅東口からも徒歩14分ほどで到着可能です。

まとめ

称名寺は、奈良の歴史と浄土宗文化、そして茶道文化を同時に体験できる貴重な寺院です。千体地蔵尊や珠光ゆかりの茶室、重要文化財の仏像群など見どころも多く、歴史と文化を感じながら静かな境内を散策できます。毎年5月15日の珠光忌には、特別公開される本堂や茶室を訪れることで、称名寺の奥深い魅力を堪能することができます。

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称名寺(奈良市)
(しょうみょうじ)

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