竹林院は、奈良県吉野郡吉野町吉野山に位置する、修験道の歴史と深く結びついた由緒ある寺院です。現在は単立の寺院として活動しており、その本尊には不動明王、蔵王権現、役行者、そして弘法大師が祀られています。かつては大峯山寺の護持院のひとつとしての役割も果たしており、修験道の信仰の重要な拠点であり続けてきました。
また、竹林院は役行者ゆかりの霊跡を巡る「役行者霊蹟札所」のひとつでもあり、多くの巡礼者や観光客が訪れます。宿坊「竹林院群芳園」としても広く知られ、訪れる人々に静かな癒しと心の安らぎを与えています。
竹林院の創建については、寺伝によれば聖徳太子によって創建されたとされています。当初は「椿山寺(ちんざんじ)」と呼ばれており、その後、弘仁年間(810年〜824年)には弘法大師・空海がこの地に入り、「常泉寺(じょうせんじ)」と改称されたと伝えられています。
その後、1385年(至徳2年/元中2年)には現在の名称である「竹林院」へと改められました。戦国時代においては、当時の院主・尊祐が弓の名手として知られ、一派を築くほどの存在だったとも伝わります。
明治初期の神仏分離・廃仏毀釈の影響を受け、竹林院は1874年(明治7年)に一度廃寺となりました。しかしその後、天台宗の寺院として再建され、1948年(昭和23年)には現在のように修験道の系譜を持つ単立の寺院として独立しました。
さらに1981年(昭和56年)には、奈良県で開催された全国植樹祭に際して、昭和天皇の行在所(天皇の滞在場所)として使用されたことでも注目を集めました。
竹林院の中でも特に有名なのが、「群芳園(ぐんぽうえん)」と呼ばれる回遊式庭園です。この庭園は、大和地方を代表する庭園として、「当麻寺中之坊」「慈光院(大和郡山市)」と並び、大和三庭園のひとつに数えられています。
群芳園の築庭には複数の説がありますが、室町時代末期に第二十一代住職・祐尊が大峰山の風景を取り入れたことが始まりとされています。その後、文禄3年(1594年)に豊臣秀吉が吉野山で花見を行った際、千利休がこの庭園に手を加え、桃山風の意匠に整えたと伝えられています。また、細川幽斎による作庭との説もあり、文化的にも価値の高い庭園です。
庭園内には、五十種類以上の椿や桜、紅葉、馬酢本(ばすもと)などが植えられ、四季折々に異なる表情を見せてくれます。借景式の手法を用いて吉野山の自然を取り入れたこの庭は、訪れる者に静けさと感動をもたらしてくれます。
竹林院へは、近鉄吉野線「吉野駅」から吉野ロープウェイに乗り、「吉野山駅」で下車。その後徒歩にて約30分ほどで到着します。また、「吉野山駅」からバスに乗り、「竹林院前」で下車すると、徒歩2分ほどで竹林院に着くことができます。アクセスはやや坂道が多いため、歩きやすい靴での訪問をおすすめします。
竹林院は、聖徳太子や空海といった偉人たちの伝承と、戦乱の時代を生き抜いてきた歴史を今に伝える貴重な寺院です。特に「群芳園」と呼ばれる庭園は、千利休や細川幽斎の美意識を感じることができ、吉野山の自然と一体となった風景は訪れる者の心を癒します。
また、昭和天皇が滞在した歴史や、多くの文化財を有することからも、文化・歴史・自然の融合した観光スポットとして価値が高く、ぜひ一度訪れてその魅力に触れてみてはいかがでしょうか。