大峯奥駈道は、奈良県の吉野と和歌山県の熊野三山を結ぶ、全長約170kmにおよぶ壮大な山岳修行の道です。標高1,000~1,900m級の険しい大峰山脈の主稜線を縦走するこの道は、修験道の開祖とされる役行者(えんのぎょうじゃ)が8世紀初頭に開いたと伝えられ、1300年以上にわたり山岳信仰の聖地として受け継がれてきました。
2002年には国の史跡「大峯奥駈道」として指定され、2004年7月にはユネスコ世界文化遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の構成資産として登録されています。道として世界遺産に登録されている例は極めて少なく、スペインとフランスを結ぶ「巡礼の道」と並び称される存在です。
大峯奥駈道は、修験道の根本道場である吉野山・金峯山寺から、熊野本宮大社をはじめとする熊野三山へ至る修行の道です。一般に「大峰山」といえば山上ヶ岳を指すことが多いですが、奥駈道における「大峯」とは、吉野から山上ヶ岳、さらに八経ヶ岳などの峰々を越え、熊野へと続く山脈全体を意味します。
道中の最高峰は標高1,915mの八経ヶ岳(仏経嶽)であり、急峻な尾根や岩場が連続する厳しい道のりが続きます。熊野古道の中でも最も険阻なルートとされ、古来より修験者のみが踏み入ることを許された聖域でした。
奥駈道には「靡(なびき)」と呼ばれる行場が75か所設けられています。これは熊野本宮大社の本宮証誠殿(第1番)から、吉野川河岸の柳の宿(第75番)まで続いています。修験者は岩や峰、滝など神仏が宿るとされる場所で祈りを捧げながら踏破します。
とりわけ重要な行場として、雪中参籠の厳しい修行が行われた笙ノ窟、役行者修行の地と伝わる弥山、山伏集落として知られる前鬼などが挙げられます。
現在も毎年5月3日の大峯山寺戸開けから9月23日の戸閉めまでの期間、修験者による奥駈修行が行われています。なお、山上ヶ岳の北「五番関」から南「阿弥陀ヶ森」までは、宗教上の理由により女人禁制が続いています。
奥駈には、熊野から吉野へ向かう順峯(じゅんぷ)と、吉野から熊野へ向かう逆峯(ぎゃくふ)の二通りがあります。順峯は天台宗系の聖護院(本山派)、逆峯は真言宗系の醍醐寺三宝院(当山派)が主導してきました。歴史の中で熊野詣の盛衰とともに形を変えながらも、両派の伝統は今日まで受け継がれています。
十津川村内には約36kmにわたり奥駈道が通り、深仙宿・持経宿・平治宿・行仙宿など重要な宿跡が残されています。また、万病に効くと伝えられる香精水も湧き、霊地としての歴史を今に伝えています。
上北山村地内の約20kmは標高1,500~2,000m級の最も険しい区間でありながら、ブナやトウヒの原生林、シロヤシオやシャクナゲ、オオヤマレンゲなどが咲く豊かな自然に恵まれています。修行の道であると同時に、原始の森が残る貴重な自然環境でもあります。
八経ヶ岳を中心とする仏経嶽原始林は、シラビソを主体とした亜高山性常緑針葉樹林が広がり、国の天然記念物に指定されています。また、弥山から明星ヶ岳にかけてはオオヤマレンゲ自生地が広がり、初夏には可憐な白い花が咲き誇ります。約100haにわたる自生地も天然記念物に指定され、学術的にも高い価値を持っています。
大峰山脈最南端の玉置山山頂近くに鎮座する玉置神社は、十津川郷の総鎮守として崇敬を集めてきました。境内には樹齢3,000年ともいわれる神代杉をはじめとする巨木が立ち並び、荘厳な空気が漂います。鎌倉時代には修験道の聖地として宿も設けられ、現在も史跡および重要文化財に指定されています。
天川村内では、洞川温泉バス停を起点に山上ヶ岳、行者還岳、弥山、八経ヶ岳を巡り、天川川合バス停へ戻る2泊3日のコースが紹介されています。山上ヶ岳宿坊や弥山小屋での宿泊を含む行程で、宿泊には事前予約が必要です。営業期間は山上ヶ岳宿坊が5月3日~9月23日、弥山小屋が4月下旬~11月中旬となっています。
国道309号川合交差点から県道21号を洞川方面へ進み、終点の大峯大橋駐車場(有料)を利用できます。洞川温泉バス停から登山口の大峯大橋までは約4km、徒歩約1時間です。
史跡:大峯奥駈道
天然記念物:仏経嶽原始林、オオヤマレンゲ自生地
所在地:奈良県吉野郡(吉野町、川上村、黒滝村、天川村、上北山村、下北山村、十津川村、五條市)および和歌山県田辺市、新宮市
大峯奥駈道は、単なる登山道ではなく、祈りと修行が積み重ねられてきた精神文化の道です。険しい山並みを越えながら自然と向き合い、自らを見つめ直すその体験は、1300年の時を超えて今もなお、多くの人々の心を惹きつけています。
大峯奥駈道は、現代においても修験道の精神を体現する貴重な巡礼路です。厳しい自然と向き合いながら、自らの内面と深く対話し、神仏に祈りを捧げるこの道は、訪れる者にとって一生忘れ得ぬ体験となることでしょう。観光や登山の枠を超えて、日本の精神文化と信仰の歴史を肌で感じられる、かけがえのない場所です。