奈良県吉野郡川上村にひっそりと佇む秘湯「入之波温泉」は、大自然に囲まれた静寂な山間の地に湧く、歴史と風情あふれる温泉地です。吉野川の源流域に位置し、標高の高い山々に抱かれたこの温泉は、豊かな泉質と素朴な温泉情緒が魅力で、知る人ぞ知る癒しの湯処として親しまれています。
泉質:ナトリウム―炭酸水素塩・塩化物泉(含炭酸重曹泉)
源泉温度:約39.0℃
湧出量:毎分約500リットル
湯の色:湧出時は無色透明、時間が経過すると美しい黄金色へ変化
効能:美肌効果、皮膚病、疲労回復など
入之波温泉の湯は、鉄分やカルシウムが豊富で、肌に優しいとされ「美肌の湯」としても知られています。重曹成分が古い角質をやさしく溶かし、肌を滑らかに整えてくれるため、多くの女性にも人気です。
この温泉のもう一つの特徴は、湯が空気に触れることで徐々に黄金色に変化することです。また、湯船の内側や周囲には長年にわたり沈殿した石灰質の析出物が厚く付着しており、その様子はまるで陶器のような趣きを感じさせます。これは濃厚な温泉成分が年間1~2センチずつ積み重なって形成されたもので、まさに大地の恵みが織り成す自然の芸術です。
現在、入之波温泉には「山鳩湯(やまばとゆ)」という1軒の温泉旅館が営業しており、地元の中村家が昭和52年(1977年)に創業しました。元々は林業を営んでいた中村家が、先代の地熱調査により地下150メートルの源泉を掘り当て、旅館としてスタートしたという歴史があります。
「山鳩湯」の浴場は、ケヤキ材を組み合わせた露天風呂が有名で、大自然の景観を眺めながら、四季折々の風情とともに湯浴みを楽しむことができます。湯船の隙間から漏れていた湯も、温泉成分の析出により自然と塞がれ、まるで木製には見えない独特の風合いを醸し出しています。
かつては「五色湯」と呼ばれる別の源泉地も存在しましたが、こちらは2009年に閉館しています。現在も五色湯源泉は残されていますが、旅館では使用されておらず、登山道の途中に江戸時代の湯治場跡としてその痕跡を見ることができます。
入之波温泉は、日本有数のトラバーチン(石灰華)が発達している温泉地でもあります。温泉の成分が冷えて沈殿し、長い時間をかけて形成されたこの石灰華は、自然の神秘と美しさを感じさせる景観を生み出しています。源泉から湯が流れ出る谷間には、黄金色に輝くトラバーチンの堆積が見られ、訪れる人々を魅了しています。
入之波温泉には、修験道の開祖として知られる役小角(えんのおづぬ)が開いたという伝説が残されています。また、江戸時代にはすでにこの地に温泉が湧き出ていたという記録も残っており、長い歴史の中で人々の癒しの場として親しまれてきました。
昭和48年(1973年)、大迫ダムの建設により元々の源泉地は湖底に沈みました。しかしその後、地元住民の熱意と努力によって地下から新たな源泉を掘り当て、昭和52年に旅館「山鳩湯」として再出発。入之波温泉は奇跡の復活を遂げ、今日に至るまで多くの湯治客を迎え入れています。
・近鉄吉野線「大和上市駅」より、川上村営バス(やまぶきバス)入之波行き終点下車、東へ約400m(所要約70分)。
※平日は1日3往復、土曜日は2往復のみ運行。
・同駅から「奈良交通バス 湯盛温泉杉の湯」行き終点下車後、池原経由の「下桑原」行きに乗り換え、「大迫ダム」下車、そこから東へ約4km(徒歩またはタクシー)。
※こちらは1日1往復のみ。
・西名阪自動車道「郡山IC」から約1時間50分
・南阪奈道路「葛城IC」から約1時間40分
入之波温泉は、派手さや豪華さとは無縁ながら、素朴で力強い自然の恵みと、人の営みが織り成す物語に満ちた温泉地です。静かな山奥に湧く「山鳩湯」の湯に浸かれば、日々の喧騒を忘れ、心も身体もゆったりと癒されることでしょう。吉野の奥地を訪ねる旅の中で、ぜひ一度、足を運んでみてはいかがでしょうか。