玉置神社は、奈良県吉野郡十津川村に位置する古社であり、標高約1,000メートルを超える玉置山の9合目という霊峰の地に鎮座しています。この神社は、紀伊山地の大峯山系における重要な拠点であり、古来より修験道の行場として信仰を集めてきました。玉置山は、神々が宿る山「神奈備(かんなび)」として古代から崇拝され、その自然信仰の中心に玉置神社が存在します。
玉置神社は、ユネスコの世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の構成資産として、2004年に登録されました。これは、神仏習合や修験道の伝統を今に伝える貴重な文化遺産であり、大峯奥駈道の「靡(なびき)」の一つとされています。境内には樹齢数百年とされる巨大な杉の木々が立ち並び、奈良県の天然記念物にも指定されています。
神社に付属する社務所および台所、またその構内にある梵鐘は、国の重要文化財に指定されています。これらの建物は、江戸時代以降の社殿建築の特色をよく伝えており、歴史的・文化的価値が非常に高いと評価されています。
本殿は、入母屋造(いりもやづくり)という様式で建てられており、桁行3間、梁間3間の規模を誇ります。数枚の棟札が残されており、その様式から寛政6年(1794年)の再建であると推定されています。
本殿には以下の神々が祀られています。
境内には、多くの摂社・末社が鎮座し、それぞれに以下の神々をお祀りしています。
玉置神社の縁起によると、崇神天皇61年(紀元前37年)に、熊野本宮と共に創建されたと伝えられています。これは非常に古い時代にあたりますが、史実としてはその正確な創建年代は明らかではなく、社伝に基づく神話的な要素も多く含まれています。
玉置山は「熊野三山の奥の院」と称され、江戸時代中期以降にはこの信仰が広まりました。熊野本宮には玉置神社の遥拝所があったとされ、熊野信仰との深い関わりがうかがえます。また、修験道の霊場としても栄え、多くの社坊や塔頭が営まれました。
玉置神社は、修験道の「宿(しゅく)」として重要な役割を果たしてきました。山中での修行「抖擻(とそう)」を行う中で、宿は休息や修法の場所として機能し、玉置神社はその拠点のひとつとして栄えてきました。江戸時代には聖護院門跡が奥駈修行の終点としてこの神社を結願所と定めるなど、修験道の中心的存在でありました。
明治時代の神仏分離令により、玉置山にあった多くの仏教建造物は破壊され、仏像なども処分されました。これにより、それまで存在していた大日堂や不動堂などの建物も失われ、純粋な神道の神社としての姿に変貌していきました。
現在の玉置神社は、自然と信仰が融合した神聖な空間として、多くの参拝者を迎えています。とくに修験道やスピリチュアルな体験に興味をもつ方々にとって、深い霊性と歴史を感じられる場所となっています。また、四季折々に変化する山の風景とともに、訪れる人々に静謐なひとときを与えてくれます。