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賀名生の里 歴史民俗資料館

(あのう さと れきし みんぞく しりょうかん)

賀名生の里歴史民俗資料館は、奈良県五條市西吉野町に位置し、南朝ゆかりの史跡と豊かな自然に囲まれた歴史文化施設です。南朝三帝ゆかりの賀名生皇居跡や、奈良県三大梅林の一つとして知られる賀名生梅林に隣接し、歴史と自然が調和する「西吉野の隠れ郷」ともいえる場所にあります。

本館では、西吉野地域の長い歴史と山里の暮らしをわかりやすく紹介し、訪れる人々が楽しみながら学べる展示を行っています。歴史散策の拠点としても重要な役割を担っており、地域文化を深く理解できる施設です。

南朝と賀名生の深い関わり

賀名生は、南北朝時代において重要な歴史の舞台となった地です。1336年、後醍醐天皇は京都を脱出し吉野へ向かう途中、この賀名生に滞在しました。その後、後村上天皇は吉野山が焼き討ちにあったことを受け、1348年に賀名生を行宮(あんぐう)と定めます。

1351年には足利尊氏が南朝に降伏し、北朝が一時廃される「正平の一統」が実現しました。この短い期間、賀名生は都としての役割を果たしました。以後も南北朝時代を通じてたびたび拠点となり、賀名生は南朝の歴史を語るうえで欠かせない地となりました。

展示室「地域の歴史・南朝の歴史」

展示室では、賀名生皇居跡と伝えられる堀家に伝来する南朝ゆかりの宝物を中心に、貴重な歴史資料を公開しています。後醍醐天皇ゆかりの品とされる日の丸御旗、一節切笛、駅鈴、天目台などが展示され、南朝と西吉野との深い結びつきを実感できます。

また、小楠公こと楠木正行の陣鐘や、幕末の天誅組に関する資料も紹介されています。吉村虎太郎が堀家を訪れ残した「皇居」の扁額や、大日川村焼失絵地図など、激動の時代を物語る史料が並びます。

映像シアター「賀名生行宮物語り」

館内の映像シアターでは、約15分間の映像作品「賀名生行宮物語り」を上映しています。映像とアニメーションを融合させた臨場感あふれる内容で、南朝の天皇と里人との交流をロマンあふれる物語として描いています。

視覚的にわかりやすく構成されており、歴史に詳しくない方やお子さまでも理解しやすい内容となっています。まるで時代をさかのぼる旅をしているかのような体験ができるでしょう。

西吉野のくらしと民俗文化

西吉野の山里で育まれた生活文化も、本資料館の大きな見どころです。農耕や林業に使われた道具、祝い事に用いられた嫁入り籠、祭りの道具などを通して、山里に生きた人々の知恵と工夫を学ぶことができます。

特に注目されるのが、昭和2年(1927年)にアメリカから贈られた青い目の人形「パトリ」です。戦時中に処分を免れるため密かに守られ、戦後発見された貴重な人形であり、日米友好の歴史を伝える象徴的な存在です。

さらに、直木賞の由来となった作家・直木三十五の直筆履歴書も展示されています。若き日の直木が西吉野で教員を務めていた歴史も紹介され、文学ファンにも興味深い内容となっています。

施設の概要と建築の魅力

資料館は木造平屋建て本瓦葺きで、町家風の落ち着いた外観が特徴です。漆喰仕上げの真壁構造や、つし二階風の意匠が歴史的景観に調和しています。館内には展示室のほか、情報・図書コーナーが設けられています。

併設の伝承館は、大和地方の伝統的な民家様式「大和棟」をモデルに建てられ、和室4室を備えています。講座や講演会、地域の文化活動の場として活用され、西吉野の文化教育の拠点となっています。

賀名生の自然と周辺史跡

周辺には堀家住宅(重要文化財)や北畠親房公墓、華蔵院跡など、南朝ゆかりの史跡が点在しています。また春には賀名生梅林が美しく咲き誇り、多くの観光客で賑わいます。歴史散策と自然散策を同時に楽しめる点も大きな魅力です。

アクセス情報

JR和歌山線五条駅から奈良交通バス「新宮駅・十津川温泉・城戸」方面行きに乗車し、「賀名生和田北口」下車、徒歩約100メートルです。自動車の場合は京奈和自動車道五條ICから約8.6キロメートルです。

歴史と自然が織りなす賀名生の里。南朝のロマンと山里の暮らしに触れられるこの資料館は、西吉野を訪れる際にぜひ立ち寄りたい文化観光スポットです。

Information

名称
賀名生の里 歴史民俗資料館
(あのう さと れきし みんぞく しりょうかん)

吉野・天川村・十津川

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