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大澤寺(五條市)

(だいたくじ)

大澤寺は、奈良県五條市大沢町に位置する真言宗の寺院であり、古くから山岳信仰と密教の霊場として知られる歴史深いお寺です。標高800メートルに満たない神福山の中腹にあり、今なお修験道の面影を残す自然豊かな地に静かに佇んでいます。

開創と信仰の歴史

約1300年前、修験道の聖地としての起源

大澤寺の創建は、今からおよそ1300年前の白鳳年間にさかのぼります。この時代、修験道の開祖とされる役行者(えんのぎょうじゃ)が、葛城山系の峰々において修験の道を切り開いたと伝えられています。大澤寺は、その行場の一つとして開かれ、修行の拠点となりました。

弘法大師による伽藍の整備

平安時代の弘仁年間には、空海(弘法大師)がこの地を訪れ、寺の伽藍や僧房の整備を行い、真言密教の霊場として大きく発展させました。この際には12の塔頭寺院が建立されたとも伝えられており、大澤寺は「金剛七坊」の一つとして栄えました。

後醍醐天皇の勅願所、そして荒廃

鎌倉時代末期、元亨年間には後醍醐天皇の勅願所に指定され、紀伊国の名手から25町歩の田地が寄進された記録もあります。室町時代には仁和寺の別格本山となり、全国に多くの末寺を擁していました。さらに江戸時代初期には、紀州徳川家の祈願所ともなり、五條十八景のひとつ「勢堂紅葉」としても描かれました。しかし、明治時代に入ると寺は徐々に荒廃し、一時期は住職不在となり廃寺の状態となったこともあります。

民間信仰と霊験の伝承

大澤寺は、単なる修行の場にとどまらず、民間信仰においても多くの人々に親しまれてきました。特に耳の病や眼病、中風、子供のひきつけといった病への祈願や、合格祈願においても霊験あらたかであるとされています。このため、地元では「瀬の堂の薬師さん」として親しまれています。

薬師如来と眼洗い池

本尊である薬師如来の信仰と関連して、境内には琵琶池(通称:眼洗い池)があり、「目を洗うと眼病が治る」との言い伝えが今なお残っています。また、弘法大師が自ら手植えしたとされる智恵の柳もあり、知恵を授かる樹木として信仰を集めています。

紅葉の名所としての魅力

秋になると、神福山の中腹に位置する大澤寺周辺は、赤や黄色の紅葉に包まれ、まるで絵画のような景観が広がります。この美しさは、江戸時代後期に描かれた「五條十八景」にも記されており、現在でも紅葉の名所として訪れる人々を魅了しています。

寺名の由来と青龍池の神秘

枯れることのない湧き水の伝説

大澤寺が建つ場所は、「キリサコ尾根」と呼ばれる尾根の上にあります。興味深いのは、この尾根には川が流れ込んでいないにもかかわらず、青龍池という池が一年を通して水を湛え続けていることです。

「30センチ掘れば水が湧く」

かつて、住職が『毎日新聞』の取材に対し、「ここは30センチも掘れば水が湧く」と語った記録があり、その神秘性が寺名の由来にもつながっていると考えられています。14世紀後半の縁起書にも「寺の前に枯れることのない沢があるため、その名が付けられた」と記されているそうです。

仏像と文化財

本尊 薬師如来

大澤寺の本尊は薬師如来であり、高さ189.1cmの楠の一木造りの秘仏です。平安時代初期の作とされ、長らく信仰の対象として大切に守られてきました。

増長天・持国天

また、堂内には増長天像(92.7cm)および持国天像(80.9cm)も安置されており、これらも平安初期の作とされています。いずれも保存状態が良く、仏教美術としても大変貴重な存在です。

大澤寺へのアクセス

公共交通機関を利用しての訪問

大澤寺へは、JR和歌山線「五条駅」北口または、奈交バス五條バスセンターから、田園方面行きのバスに乗車し、「田園五丁目南」バス停で下車します。そこから水沢谷に沿った道を約1時間ほど歩き続けることで、行者杉峠の麓にある寺へ到着します。

おわりに

大澤寺は、修験道の霊場としての歴史、民間信仰に支えられた信仰の厚さ、自然と調和した美しい風景、そして神秘的な湧き水の伝承を併せ持つ、唯一無二の寺院です。訪れることで、古の修験者たちの息吹を感じ、心身ともに癒やされる特別な体験ができるでしょう。特に秋の紅葉の時期には、その風景美とともに、忘れられない時間を過ごすことができます。

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大澤寺(五條市)
(だいたくじ)

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