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二見の大ムク

(ふたみ おおムク)

自然と歴史が交差する奈良の名木

奈良県五條市にある「二見の大ムク」は、古来より地域の人々に親しまれてきた巨樹であり、自然と歴史が融合する象徴的な存在です。足立家の庭にそびえるこのムクノキは、1957年(昭和32年)に国の天然記念物に指定され、現在もその壮大な姿を保ちながら訪れる人々を魅了しています。

ムクノキとは

ムクノキ(椋木)は、アサ科ムクノキ属に分類される落葉高木で、学名を Aphananthe aspera といいます。日本をはじめ、朝鮮半島や中国南部、台湾など東アジアの温暖な地域に分布しており、日本国内では主に関東以西で見ることができます。樹皮は灰褐色でざらついており、幹が太くなることが特徴です。

二見の大ムクの特徴と指定

国指定天然記念物としての価値

このムクノキは、ムクノキの巨樹として日本全国でも非常に貴重な存在であり、「二見の大椋(おおむく)」として1957年に国の天然記念物に指定されました。指定当時の樹高はおよそ30メートル、幹回りは地上1.3メートルの位置で約8.3メートル、根元の周囲は15.8メートルにも及びます。推定樹齢はおよそ1000年とされ、まさに時代を超えて存在する名木です。

読売新聞社選定「新・日本名木百選」

1990年には、読売新聞社が選ぶ「新・日本名木百選」にも選定され、名実ともに日本を代表する巨樹のひとつとして広く知られるようになりました。また、2000年に環境省が実施した調査では、ムクノキとして日本第4位の幹囲を誇ることも明らかになっています。

二見の大ムクの立地と周辺の魅力

歴史ある二見地区

「二見の大ムク」は、奈良県西部に位置する五條市二見地区の旧家・足立家の庭に生育しています。この地域は、吉野川北岸の段丘上にあり、西には和歌山県との県境が迫り、東側には歴史的町並みが色濃く残る「五條新町」が広がります。五條新町は、旧紀州街道沿いに栄えた宿場町であり、国の重要伝統的建造物群保存地区にも指定されています。

足立家と大ムクの関係

二見の大ムクが生育する足立家は、江戸時代より代々医師を務める名家であり、先祖は戦国時代の丹波国黒井城主・赤井直義の親族と伝えられています。天正年間(1579年)、明智光秀の攻撃を受けて落城した際にこの地へ移り住んだとされています。

大ムクの自然災害とその後

伊勢湾台風による被害

1959年(昭和34年)には、和歌山県に上陸した伊勢湾台風により大きな被害を受け、地上約7メートルの位置から分かれる主幹のうち最も大きな枝が折れてしまいました。その後も台風などの暴風によって数度の被害を受け、現在の樹高はおよそ15メートルと、指定当時の半分にまで低下しています。主幹内部には空洞も確認されており、樹勢の衰えが懸念されていますが、地元の人々による保護活動が続けられています。

今も続く地域の信仰

二見の大ムクは古くからこの地域の象徴として親しまれており、足立家ではムクノキの根元に小さな社を建て、氏神として祀っています。五條の人々はこの木を「五條の守り本尊」と呼び、厚い信仰を寄せています。

民謡にも歌われた存在

この大ムクは、五條地域の民謡「手毬唄」にも登場しています。その一節には次のような歌詞があり、大ムクが地域の人々の生活と深く関わってきたことが伺えます。

二見辻々 馬場だらけ ムクノキ裸で飛んで出た
つかんで ほうるは 堀政…

この歌に詠まれたムクノキが、まさに二見の大ムクであるとされ、地域の記憶と文化に根差した存在であることがわかります。

観光アクセス情報

所在地

住所:奈良県五條市二見4丁目6-39

アクセス

おわりに

「二見の大ムク」は、ただの古木ではなく、自然の偉大さと人々の暮らしの歴史を今に伝える貴重な存在です。奈良県五條市を訪れる際には、ぜひこの樹齢1000年とも言われる巨木のもとを訪れ、その力強さと優しさを感じてみてください。長い年月を経てもなお地域に息づく大ムクの姿は、訪れる人々の心に深い感動を与えてくれることでしょう。

Information

名称
二見の大ムク
(ふたみ おおムク)

吉野・天川村・十津川

奈良県