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法隆寺

(ほうりゅうじ)

日本仏教の源流をたどる世界遺産

法隆寺(旧字体:灋隆寺)は、奈良県生駒郡斑鳩町に位置する、日本を代表する古代仏教寺院です。聖徳宗の総本山であり、山号はありません。本尊は釈迦如来。創建当初は斑鳩寺(いかるがでら)、あるいは鵤寺と呼ばれていましたが、後に現在の法隆寺という名称が定着しました。また、古くから学問の寺としても知られ、「法隆学問寺」の別称を持っています。

7世紀に創建された法隆寺は、世界最古の木造建築群を今に伝える寺院として、国内外から高い評価を受けています。聖徳太子ゆかりの寺院として、日本仏教史・建築史・美術史のすべてにおいて極めて重要な存在であり、日本文化の源流を体感できる観光地です。

世界遺産としての評価

法隆寺は、1993年に「法隆寺地域の仏教建造物」として日本で初めてユネスコの世界文化遺産に登録されました。これは、法隆寺の建築が日本だけでなく、東アジア全体の木造建築技術において極めて重要な文化的価値を持つことが認められた結果です。特に五重塔や金堂などは、古代日本の建築技術の粋を集めた傑作とされています。

法隆寺の伽藍構成と境内の特徴

法隆寺の境内は約18万7千平方メートルにも及び、広大な敷地の中に数多くの堂宇が整然と配置されています。伽藍は大きく二つに分かれ、金堂と五重塔を中心とする「西院伽藍」と、夢殿を中心とする「東院伽藍」から構成されています。

西院伽藍 ― 世界最古の木造建築群

西院伽藍は、回廊で囲まれた中に金堂と五重塔が並立する、日本でも極めて珍しい配置を持ちます。この伽藍配置は、後の日本寺院建築の規範となりました。現存する建物群は7世紀末から8世紀初頭に再建されたもので、世界最古の木造建築物群として知られています。

東院伽藍 ― 聖徳太子を偲ぶ祈りの空間

東院伽藍は、八角形の堂宇である夢殿を中心とし、聖徳太子の旧宮殿跡に建立されました。夢殿には秘仏として名高い救世観音菩薩像が安置され、静謐で神秘的な雰囲気に包まれています。

世界遺産・法隆寺地域の仏教建造物

法隆寺と法起寺の建築群は、1993年に「法隆寺地域の仏教建造物」としてユネスコの世界文化遺産に登録されました。日本で最初に世界遺産登録された文化財のひとつであり、その歴史的・建築的価値は国際的にも認められています。

建築物だけでなく、飛鳥・奈良時代を中心とした仏像、工芸品、経典など、数多くの国宝・重要文化財を所蔵している点も、法隆寺の大きな魅力です。

創建と聖徳太子 ― 法隆寺誕生の背景

法隆寺の創建は、金堂の薬師如来像光背銘や『上宮聖徳法王帝説』の記述から、推古天皇15年(607年)とされています。聖徳太子(厩戸皇子)が、父・用明天皇の病気平癒を願って建立を発願し、推古天皇とともに完成させたと伝えられています。

斑鳩の地は、生駒山地の南端に位置し、大和と河内を結ぶ交通の要衝でした。周辺には藤ノ木古墳をはじめとする古墳が点在し、古くから文化的・政治的に重要な地域であったことがうかがえます。

法隆寺再建論争と考古学的成果

『日本書紀』には、天智天皇9年(670年)に法隆寺が焼失したとの記録があります。この記述をめぐり、明治以降、現存する西院伽藍が創建当時のものか、再建されたものかという「法隆寺再建・非再建論争」が長く続きました。

1939年に行われた若草伽藍跡の発掘調査により、創建法隆寺は現在の西院伽藍とは別の場所に存在し、火災で焼失した後に再建されたことが明らかとなり、論争には決着がつきました。

中世から近世へ ― 信仰と保護の歴史

平安時代以降も法隆寺は篤い信仰を集め、藤原道長や後嵯峨天皇、源義、徳川家康など、多くの権力者が参詣しています。戦乱の時代にあっても、織田信長や豊臣秀頼、徳川幕府による保護と修理が行われ、伽藍は大切に守られてきました。

近代以降の試練と文化財保護

明治時代の神仏分離と廃仏毀釈により、法隆寺は大きな危機に直面しました。寺を維持するため、1878年には数多くの宝物を皇室に献納し、これらは現在「法隆寺献納宝物」として東京国立博物館に収蔵されています。

昭和の大修理と文化財保護法

1934年から始まった「昭和の大修理」は、半世紀以上にわたる壮大な保存事業でした。1949年の金堂火災で壁画が焼損したことは、日本における文化財保護の在り方を大きく変える契機となり、文化財保護法制定へとつながりました。

現代の法隆寺

近年、法隆寺は保存修復や防災対策が進められており、歴史的遺産としての価値を次世代に引き継ぐための取り組みが続けられています。さらに、地域との連携や文化財の公開を通じて、その歴史と文化を広く伝える活動も展開されています。

伽藍

法隆寺は日本最古の木造建築群を擁する仏教寺院です。「西院伽藍」と「東院伽藍」の2つの主要な伽藍を中心に、多くの国宝や重要文化財を有する日本仏教の聖地です。

特に金堂や五重塔は、日本の建築史においても極めて貴重な存在で、その洗練された設計や精巧な木工技術は訪れる人々を魅了します。これらの建築物は、1993年(平成5年)にユネスコの世界文化遺産「法隆寺地域の仏教建造物」として登録され、世界的な評価を受けています。

金堂

国宝である金堂は、法隆寺を代表する建物の一つで、飛鳥時代の仏教建築の特徴を伝える貴重な遺構です。入母屋造(いりもやづくり)の二重仏堂であり、桁行五間、梁間四間、初層に裳階(もこし)が付いた構造です。上層部分には部屋はなく、外観のみが設けられています。金堂の四方には龍の彫刻を施した柱があり、これらは後の修理の際に構造補強の目的で追加されたものと考えられていますが、その具体的な年代には諸説があります。

釈迦三尊像(国宝)

金堂の中の間には釈迦如来を本尊とする釈迦三尊像が安置されています。この像は推古天皇31年(623年)に止利仏師(鞍作止利)によって制作されたもので、日本仏教彫刻史の初期を飾る傑作として評価されています。像の特徴として、杏仁形(アーモンド形)の目、アルカイック・スマイル(古式の微笑)、太い耳朶(耳たぶ)、首に三道(3つのくびれ)がないなど、後の日本の仏像とは異なる大陸風の様式が見られます。

薬師如来坐像(国宝)

東の間には薬師如来が本尊として安置されています。脇侍として日光菩薩と月光菩薩の像があり、これらは別に保管されていますが、作風が異なることから、もともと一対のものではなかったと考えられています。薬師如来像はその優美な造形と落ち着いた表情が特徴で、飛鳥時代の仏像として重要な位置を占めています。

阿弥陀三尊像(重要文化財)

西の間には阿弥陀如来を本尊とする阿弥陀三尊像が安置されています。これは鎌倉時代の慶派の仏師・康勝による作品であり、元来の西の間本尊が中世に盗難に遭ったため新たに作られたものです。その様式には鎌倉時代の特徴があり、東の間の薬師如来像を意識して作られたとされていますが、顔の表情や細部の彫刻には異なる時代の影響が見られます。

四天王立像(国宝)

金堂にはさらに、飛鳥時代の木造彩色の四天王立像も安置されています。これらは広目天、多聞天、持国天、増長天の四神を表し、釈迦三尊像や薬師如来像とは異なり、怒りの表情を表面に出さず、静かに直立する姿勢が特徴です。これも日本最古の四天王像として貴重な文化財です。

五重塔

法隆寺の五重塔は世界最古の木造五重塔として知られ、その優美な姿は訪れる人々を魅了します。高さは32.55メートルで、初重から五重までの屋根が段階的に縮小する独特の形式が採用されています。塔の初重内陣には東面、西面、南面、北面にそれぞれ仏教説話を表す塑像群が配置されており、計80点の塑像が国宝に指定されています。特に北面の釈迦涅槃の場面が有名で、その中に十二支を象徴する頭部を持つ弟子像が含まれています。

大宝蔵院

大宝蔵院は、法隆寺の貴重な寺宝を収蔵・展示する施設で、1998年に新築されました。ここには、著名な百済観音像をはじめ、様々な仏像や仏具が展示されており、日本の仏教美術史において極めて重要な遺産が多く含まれます。

百済観音像(国宝)

大宝蔵院に安置される百済観音像は、飛鳥時代の木造立像で、九頭身の特異な姿を持ち、その細身で優雅な姿が特徴です。和辻哲郎の『古寺巡礼』でも高く評価され、現代でもその美しさと神秘的な佇まいで多くの人々に愛されています。

夢殿

八角形の独特な形状を持つ夢殿は、法隆寺東院に位置し、聖徳太子の霊廟とされます。内部には秘仏「救世観音像」が安置され、その神秘的な存在感は訪れる人々を魅了し続けています。

法隆寺の文化財

飛鳥時代に建立された寺院は、多くの貴重な文化財や仏像が残されています。

法隆寺献納宝物

法隆寺は、1878年(明治11年)に約300点に及ぶ貴重な寺宝を皇室に献納し、これにより1万円が下賜されました。この献納は、明治維新以降の廃仏毀釈の影響で財政的に困難な状況にあった法隆寺にとって、大きな支えとなりました。これにより、7世紀以来の伽藍や堂宇が維持されることが可能となり、今日の姿を保つことができたのです。

これらの宝物は、最初は正倉院に一時的に保管され、その後、1882年(明治15年)に帝室博物館(現・東京国立博物館)に収蔵されました。第二次世界大戦後には、一部の宝物が再び法隆寺に返還され、現在も約320件の宝物が東京国立博物館の法隆寺宝物館に保存されています。これらには、『聖徳太子及び二王子像』や『法華義疏』など、歴史的価値の高い品々が含まれています。

国宝

建造物

法隆寺には、以下のような国宝指定の建造物があります。

美術工芸品

法隆寺には、数多くの貴重な仏像や美術工芸品が所蔵されており、その多くが国宝に指定されています。以下はその一部です。

重要文化財

建造物

法隆寺の境内には、以下のような重要文化財に指定された建造物があります。

その他の文化財

さらに、法隆寺には以下のような歴史的価値の高い文化財も存在します。

玉虫厨子

法隆寺の宝物の中でも特に有名なのが「玉虫厨子」です。その表面に施された極彩色の装飾や細かい彫刻は、飛鳥時代の高度な工芸技術を物語っています。

現在の法隆寺と観光の魅力

現在の法隆寺は、世界遺産として厳重な保護のもとにありながら、一般参拝・観光も可能です。西院伽藍の壮麗な建築美、東院夢殿の静かな祈りの空間、数多くの国宝仏像や工芸品は、訪れる人々に深い感動を与えます。

法隆寺は、日本文化の原点を体感できる場所であり、歴史・信仰・建築・美術が融合した唯一無二の観光地です。壮大な建築と繊細な美術品に触れることで、古代から現代に至る日本の文化の連続性を実感することができるでしょう。

特に春や秋の訪問は、美しい庭園や周囲の自然と共に寺院の趣を感じる絶好の機会です。斑鳩の里を歩きながら、千四百年にわたり受け継がれてきた祈りと知恵の結晶を、ぜひじっくりと味わってみてください。

Information

名称
法隆寺
(ほうりゅうじ)

天理・法隆寺

奈良県