松尾寺は、奈良県大和郡山市に位置する真言宗醍醐派の別格本山であり、「日本最古の厄除け寺」として広く知られています。山号は「松尾山」または「補陀洛山(ふだらくさん)」と称され、本尊には千手千眼観世音菩薩が祀られています。創建は養老2年(718年)、開基は天武天皇の皇子・舎人親王(とねりしんのう)と伝えられています。
松尾寺は、舎人親王が自身の42歳の厄年にあたる年に、厄除けとともに日本書紀の完成を祈願して建立されたと伝えられています。この由緒は、江戸時代に成立した『厄攘観音来由記』や『松尾寺縁起』に記されています。現在も初午の縁日(2月・3月)には多くの参詣者が訪れ、厄除けを祈る場としてにぎわいを見せます。
『続日本紀』延暦元年(782年)の記述には、101歳の僧「尊鏡」が「松尾山寺」にいたことが記されており、奈良時代の存在が文献的にも裏付けられています。また、松尾山神社境内から出土した奈良時代の古瓦や建築遺構などの考古学的成果からも、創建の古さが裏付けられています。
中世以降、松尾寺は興福寺一乗院の配下に入り、また法隆寺の別院とも称されました。法隆寺から松尾山へと至る参詣道もあり、法隆寺との深い関わりを物語っています。
現在の本堂は、建治3年(1277年)の火災で焼失した後、建武4年(1337年)に再建されたものです。中世の仏堂建築の特色を色濃く残しており、重要文化財に指定されています。堂内には鎌倉時代作の千手観音立像が本尊として安置され、厄除け観音として深い信仰を集めています。
松尾寺は、室町時代以降に修験道当山派の拠点寺院としても栄えました。吉野の金峯山で修行を行うこの宗派は、醍醐寺三宝院を本山とし、聖護院を本山とする本山派と対をなす存在です。松尾寺には、当山派の修験者たちによる組織「正大先達衆」に関する多くの古文書が保存されています。
本堂は、和様を基調としながら大仏様を取り入れた「新和様」の建築様式で、貴重な中世建築の遺構です。
三重塔は中心伽藍より高所に位置しており、現在の塔は1888年(明治21年)に再建されたものですが、部分的に古材が用いられています。
舎人親王の遺骨が納められていると伝えられ、大和郡山市の指定有形文化財となっています。
松尾寺の境内には、四季折々の花々が咲き誇るバラ園があり、特に春と秋には多くの花見客でにぎわいます。また、境内に湧き出る清水は、訪れる人々の心を和ませます。
奈良交通バス(71・72系統 近鉄郡山駅行 または 73系統 矢田山町行)「松尾寺口」下車後、徒歩約30分。
奈良交通バス(71・72系統 小泉駅東口行)「松尾寺口」下車後、徒歩約30分。
松尾寺は第54番札所に位置し、第53番 法輪寺、第55番 矢田寺とともに巡礼の道を形成しています。
役行者の霊地としても認められており、修験道の歴史を感じられる札所のひとつです。
奈良県大和郡山市にある松尾寺は、厄除けの祈願寺として1300年近い歴史を持ち、真言宗醍醐派の中でも重要な寺院の一つです。中世の建築や仏像、修験道の拠点としての文化的価値に加え、四季折々の自然美、バラ園など、訪れる人々に多彩な魅力を提供しています。厄除け祈願や静かな散策を求める方に、ぜひ一度訪れていただきたい名刹です。