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龍田神社(斑鳩町)

(たつた じんじゃ)

龍田神社は、奈良県生駒郡斑鳩町に位置する由緒ある神社で、式内社として古くから信仰を集めてきました。旧社格は県社であり、龍田大社(奈良県三郷町)と並ぶ重要な神社のひとつです。
法隆寺に近く、その鬼門を守護する神として、歴史的に深い関係を持っています。神社の周囲は静かな自然に包まれ、古代からの風情を今に伝えています。

祭神

本殿の祭神

龍田神社の本殿には以下の2柱の大神が祀られています。

これらの神々は、天地創造や国土安定を象徴する神とされ、古くから自然や風の力を司る存在として信仰されてきました。

右社殿の祭神

右社殿には、以下の神々が祀られています。

『延喜式神名帳』には「龍田比古龍田比女神社二座」として記載されており、もともとはこの2柱が主祭神でした。風の神として知られ、風や自然の循環に深く関わる存在とされています。

左社殿の祭神

左社殿には以下の神々が祀られています。

天児屋根大神は、神話において祝詞を司る神であり、祭礼や儀式の守護神とされています。

歴史

創建と伝説

龍田神社の創建には興味深い伝説があります。社伝によれば、聖徳太子が法隆寺の建立地を探していた際、白髪の老人に化身した龍田大明神に出会いました。老人は「斑鳩の里こそ仏法興隆の地であり、私はその守護神となろう」と告げたとされます。これにより、聖徳太子はこの地に法隆寺を建立し、その守護神として龍田大明神を祀るために龍田神社を創建したと伝えられています。

古代の神社としての位置づけ

龍田神社は、延長5年(927年)に成立した『延喜式神名帳』にも「龍田比古龍田比女神社二座」として記載されており、大和国平群郡における重要な式内社の一つでした。これにより、古代から国家の保護を受け、重要な神社として位置づけられてきました。

近代の変遷

明治維新後、神仏分離令により法隆寺から独立し、境内にあった寺院関連の建物はすべて取り壊されました。
また、明治4年(1871年)には、奈良県三郷町立野の龍田大社の摂社となりましたが、大正11年(1922年)に正式に独立し、県社として再出発を果たしました。

境内の見どころ

境内社と自然の遺産

関連文化財

かつて龍田神社の神宮寺であった伝燈寺の建物である法界寺本堂(薬師堂)は、現在京都府京都市伏見区に移築されており、国の重要文化財に指定されています。これは明治42年(1909年)に指定された貴重な文化財であり、その歴史的重要性は計り知れません。

アクセス

龍田神社へは、JR西日本大和路線または近畿日本鉄道(近鉄)の王寺駅から奈良交通バスで「龍田神社前」下車(乗車時間約8分、下車後徒歩すぐ)でアクセスできます。
静かな山間に佇むこの神社で、古の信仰と自然の力を感じるひとときを過ごしてみてはいかがでしょうか。

おわりに

龍田神社は、法隆寺と深い関わりを持つ歴史ある神社であり、その神聖な雰囲気と豊かな自然は訪れる人々に深い感銘を与えます。古代からの伝承や自然の力を感じられるこの場所で、心静かに歴史の息吹に触れてみてください。

Information

名称
龍田神社(斑鳩町)
(たつた じんじゃ)

天理・法隆寺

奈良県