龍田大社は、奈良県生駒郡三郷町立野南に鎮座する、古代より「風の神様」を祀ってきた由緒ある神社です。式内社(名神大社)であり、二十二社(中七社)の一社として朝廷から篤い崇敬を受けてきました。近代には官幣大社に列し、現在も神社本庁の別表神社として高い格式を保っています。かつては「龍田神社」と称され、全国でも極めて珍しい風神信仰の中心地として知られています。
龍田大社が鎮座する龍田の地は、大和と河内を結ぶ交通の要衝であり、古来より人と物、文化が行き交う重要な場所でした。風は農耕や航行、日常生活すべてに深く関わる自然の力であり、その風を鎮め、恵みへと導く神として、龍田大社は長い歴史の中で人々の信仰を集めてきたのです。
龍田大社に祀られるのは、天御柱命(あめのみはしらのみこと)と国御柱命(くにのみはしらのみこと)の二柱です。これらの神々は総称して「龍田の風神」と呼ばれ、天地の間を満たす風、すなわち生命の根源である「気」を司る神様とされています。
「御柱(みはしら)」とは天地万物の中心を貫く柱を意味し、宇宙の秩序そのものを象徴する言葉です。また別名の志那都比古神・志那都比売神に用いられる「志那(しな)」は「息長」、すなわち気息が長く遠くまで行き渡ることを意味します。龍田大社の神様は、自然界のみならず人の心身にも働きかけ、調和と安定をもたらす始まりの神様として信仰されてきました。
社伝によれば、龍田大社の創建は今から約2100年前、第十代崇神天皇の御代にさかのぼります。当時、国内では凶作や疫病が相次ぎ、人々は不安と混乱の中にありました。その折、天皇の御夢に大神が現れ、「朝日の日向かう処、夕日の日隠る処、龍田の立野の小野に我が宮を定めよ」との神託を授けたと伝えられています。
そのお告げの通りに社を造営し、風の神を丁重に祀ったところ、作物は豊作となり、疫病は鎮まり、国は安寧を取り戻したといいます。この故事は『延喜式』に収められた「龍田風神祭祝詞」にも記され、龍田大社が国家鎮護の神社として重視されてきた理由を今に伝えています。
正史における初見は、『日本書紀』天武天皇四年(675)の条で、「風の神を龍田の立野に祀らしむ」と記されています。天武・持統朝においては、たびたび勅使が派遣され、国家的祭祀が行われました。平安時代に成立した『延喜式神名帳』では、「龍田坐天御柱国御柱神社二座 並名神大」として名神大社に列し、月次祭・新嘗祭に際して幣帛を受ける重要な神社とされました。
明治維新後の近代社格制度においては官幣大社となり、戦後は神社本庁の別表神社に加列されました。さらに2020年には、龍田古道と亀の瀬とともに日本遺産に認定され、歴史と文化を今に伝える貴重な存在として再評価されています。
「龍田」という地名は、『万葉集』や『古今和歌集』をはじめとする多くの和歌に詠まれてきました。とりわけ紅葉の名所として名高く、龍田川に散り敷く紅葉を錦にたとえた歌は、日本人の美意識を象徴する風景として親しまれています。
「嵐し吹く 三室の山の 紅葉は 龍田の川の 錦なりけり」(能因法師)や、「千早振る 神代もきかず 龍田川 からくれなゐに 水くくるとは」(在原業平)といった名歌は、風と水、山と川が織りなす龍田の自然美を今に伝えています。
龍田大社では、古代より風を鎮め、五穀豊穣と国家安泰を祈る祭事が行われてきました。なかでも風鎮大祭は天武天皇三年(674)にはすでに行われていたとされる、非常に由緒ある祭礼です。
・例大祭(4月3日・4日):日本遺産構成文化財。春の訪れとともに神徳を称えます。
・風鎮大祭(7月第1日曜日):風神様に感謝し、風害を鎮める国家的祭祀の流れを汲む祭りです。
・秋季大祭・渡御祭(10月第3土・日曜日):地域の太鼓台が巡行し、境内に宮入する様は圧巻です。
また、夏には風鈴まつり、秋には風音祭など、季節ごとに風をテーマとした行事が行われ、訪れるたびに異なる表情を楽しむことができます。
境内には本殿二棟をはじめ、拝殿、祝詞殿、神楽殿などが整然と配置され、厳かな空気が漂います。とりわけ柱に龍が巻き付く姿を表した独特のしめ縄は、風を司る神社ならではの象徴として参拝者の目を引きます。
白龍神社は縁結びと災難除けの神として信仰され、龍田恵美須神社は商売繁盛の神様として親しまれています。また三室稲荷神社や下照神社など、生活に密着した神々も祀られています。
境外には、風神が降臨したと伝えられる御座峰や、奥宮跡とされる三室山、水神を祀る岩瀬の杜など、信仰と自然が一体となった聖地が点在しています。これらの場所を巡ることで、龍田信仰の奥深さをより実感することができるでしょう。
現代においても龍田大社は、航海安全や航空安全、スポーツ必勝、人生の転機の守護など、幅広い祈願を集めています。変化の時代を生きる人々にとって、風の神様がもたらす「追い風」は大きな心の支えとなっています。
所在地:奈良県生駒郡三郷町立野南1-29-1
アクセス:JR大和路線「三郷駅」より徒歩約8分、近鉄生駒線「信貴山下駅」より徒歩約15分。
静かな里山の空気と、悠久の歴史が息づく龍田大社。風の神様の清らかな「気」に包まれながら、心を整えるひとときを過ごしてみてはいかがでしょうか。