高天彦神社は、奈良県御所市北窪に鎮座する由緒ある神社で、平安時代の法典『延喜式』に記された式内社(名神大社)に数えられます。金剛山の東山麓、深い森に包まれた静かな地にあり、古代から人々の信仰を集めてきました。
主祭神は、記紀神話に登場する創造神の一柱であり、国譲り神話において重要な役割を果たした高皇産霊神(たかみむすびのかみ)です。あわせて、市杵嶋姫命、菅原道真公も祀られています。
『延喜式』神名帳では祭神は一座とされており、元来はこの地の地主神である「高天彦」を祀った神社であったと考えられています。「高天(たかま)」という社名・地名は、高天原伝承の地とする説をはじめ、高皇産霊神の神名に由来する説など、さまざまな解釈が伝えられています。
高天彦神社の大きな特徴は、社殿の背後にそびえる白雲岳(しらくもだけ/白雲峰)を神体山として祀ってきた点にあります。標高985メートルのこの山は、古来より神霊が宿る山として畏敬されてきました。
周辺一帯は「高天」と呼ばれ、『古事記』や『日本書紀』に描かれる天孫降臨神話の舞台、すなわち高天原の伝承地の一つとされています。『万葉集』にも「葛城の高間」と詠まれた歌が残り、古代人の精神世界と深く結びついていたことがうかがえます。
史料によれば、宝亀10年(779年)には神戸が充てられ、大同元年(806年)には正四位上の神階を授かっています。その後も昇叙を重ね、承和6年(839年)には名神に列し、天安3年(859年)には従二位に叙せられるなど、国家から厚い崇敬を受けてきました。
『延喜式』では、月次祭・相嘗祭・新嘗祭といった重要な朝廷祭祀に際し、幣帛を受ける神社として記されており、高天彦神社が古代祭祀の中で特別な位置を占めていたことがわかります。
現在の本殿は明治10年(1877年)に建立されたもので、時代とともに屋根の改修を重ねながら大切に守られてきました。境内へと続く参道には、樹齢数百年といわれる杉の巨木が立ち並び、歩くだけで厳かな空気に包まれます。
標高の高い山麓ならではの澄んだ空気、霧に包まれる幻想的な景色、冬の雪景色など、四季折々に異なる表情を見せてくれるのも魅力です。葛城古道沿いに位置するため、ハイキングや金剛山登山の途中に立ち寄る参拝者も多く、自然と神話、歴史を同時に感じられる神社として親しまれています。